スナックふたり』(著:川上弘美/中央公論新社)

お客をキノコにたとえて

執筆にあたっては、都内のスナックにお邪魔して、実際の仕事ぶりを取材させてもらいました。その時に印象的だったのは、店のママさんが、店に立って接客するのを心底好きなのだな、と感じたこと。

スナックは店の人とお客さんの距離が近いぶん、踏み込み過ぎず、かといって体よくさばいているふうでもなく、絶妙の距離感で人と接することが求められます。そのあたりの練れた雰囲気を、主人公であるママたちに投影できたら……と思いながら書きました。

クラマノジャガイモタケ、ネッタイヌメリタケなど、お客の特徴をキノコにたとえて司さんがメモするのも、相手の特徴を巧みにとらえながら、人間性にあえて踏み込まない《ママ》としての工夫といえるのかも。それ以前に、単純に私がキノコ好きという理由もあるのですけれど。(笑)

クリーニング屋のヒデさんとショウコさん夫婦、元焼き鳥屋のタカハシちゃん、酒屋の二代目・エガワさんと三代目のエガちゃんなど個性豊かなお客たちも、こんな常連さんのいる店なら私も通いたい、と楽しみながら書きました。

新しくお店にやってくるお客も含め、これだけ多くの登場人物がいて、そのすべてを愛しく思える小説を書けたのは私にとって初めてのことかもしれません。

話の中には、この世ならざる不思議なものたちも登場します。齢を重ねて能に親しむようになったのですが、霊的な存在が生前の行いを僧に語ることで成仏へと至る「夢幻能」というジャンルがあって。

鑑賞するうち、いつかその世界観を小説として、日常的でささやかな物語に置き換えて描けないものか、と考えるようになりました。それが彼らを生み出すヒントになったのです。