姉の影のように暮らす妹
桐野 谷崎家にいたほうが社会的にはちやほやされるし、裕福な暮らしができる。たぶんに享楽的でもあって、やめられなかったでしょう。
中島 重子さんはずっと、松子さんのそばで、影のように暮らしていますよね。姉の分身みたいな妹というのは、感覚としてわかります。私にも姉がいますが、ある時期までは常に姉の後ろをついて歩いていました。姉が主人公の小説の脇役、というか。
桐野 そうですか。いつ頃からそうではないと認識されたのでしょう?
中島 思春期に、親よりも姉に対して葛藤がありましたね。何か選択する時には、姉が選ばないものを選ぶとか、そういう反発があった。やがてそれも過ぎて、すごく仲良くなったんですけど。姉妹はやっぱり阿吽(あうん)の呼吸というか、何かを観た時の感想なんか、驚くほど似ているのです。
桐野 それを聞くと、松子さんと重子さんの関係も頷けます。重子さんは、松子さんが恋愛している時、自分も疑似恋愛していたのかもしれないと思うことがあります。
中島 そういうところもありそう。『細雪』では、雪子がなかなかお嫁に行けないのは義兄のせいなのかな、という感じもありますし。義兄以外の男は、まるで魅力的に書かれていませんものね。(笑)
桐野 きっと谷崎本人も、気に入った女性が身近に2人いたほうがよかった。
中島 何ともいえない密着感のある姉妹を見て、谷崎は面白がっていたでしょう。
桐野 妻が2人いる、と言われるのもわかりますよね。
中島 『細雪』は大好きな小説ですが、登場する人たちの倫理の感覚が独特でちょっと狂ってる。価値観の中心にお金があるんですね。姉たちが四女に「あれだけ貢がせたんだから」と、奥畑の啓ぼんとの結婚を勧める場面など、あんなダメ男でいいの? と驚きます。
桐野 そういう価値観を持つことが当たり前の時代であり、環境だったのかもしれませんね。とくに当時の船場のお嬢さんたちは、わりと倫理的に放埒な感じがします。
中島 清貧、みたいな感覚は、まったく理解できない人たちでしょうね。
桐野 松子さんは船場の御寮人だった方。谷崎が松子さんたちの世界に魅入られた原因のひとつに、人妻で美しくて教養もある人たちが、ここまで奔放とは、という驚きがあったのではと思います。
中島 『細雪』でも、そのヘンさを書いていますよね。「B足らん」とか言って、いきなり注射を打つところから始まりますし。相当、退廃的。
桐野 ビタミンBを打つんですよね。あれはどきっとしますね。