左:中島京子さん、右:桐野夏生さん(撮影:岡本隆史)
本日7月30日は、文豪・谷崎潤一郎の56回目の命日です。『婦人公論』で連載された桐野夏生さんの小説『デンジャラス』は、谷崎潤一郎の3番目の妻・松子の妹で、『細雪』の雪子のモデルとなった重子を主人公に、晩年の谷崎と周囲の女たちを大胆な解釈で描いた作品。『細雪』を愛読し、自身も姉妹が登場する作品を数多く書いてきた中島京子さんとともに、実生活を小説に昇華させていく作家の“業”や、私生活と創作の関係について語り合いました(構成=篠藤ゆり 撮影=岡本隆史)

谷崎が重子さんを複雑な人間にしてしまった

中島 『デンジャラス』、衝撃を受けました。『細雪』の続編みたいな雰囲気もありながら、内容は全然違って。「えっ、雪子さんがこんなことに!」と。そもそも、なぜ重子さんを主人公にしようと思われたのでしょう?

桐野 作家が小説という虚構を書くことで、周囲の人に波紋がおよんでいくことに興味があります。だから、谷崎の恋人や妻でもないのに『細雪』の主人公のモデルとなって、そのことで影響を受けて生きたに違いない重子さんにしよう、と思いました。

中島 重子さんは雪子のモデルでもあり、谷崎家を語るうえで核になる人物なのに、ご本人には手紙のほかに書き残したものがないですよね。

桐野 そのわりにキャラクターが濃いですね。いつも松子さんの陰に隠れているのに、一つ屋根の下に暮らした嫁の千萬子さんが、「松子さんより、重子さんとのほうが合わなかった」とご自身の著書に書いていますし。

中島 谷崎が重子さんを複雑な人間にしてしまったような気がします。

桐野 はい。重子さんは、『春琴抄』や『盲目物語』のモデルとなった松子夫人のような“ミューズ”ではなかった。でも『細雪』でスポットライトを当てられた。すると、同居する妻の妹ということで、いろいろな憶測や噂が広がっていくわけですね。例えば、谷崎は重子さんとも関係があったのではないか、とか。

中島 屈託がおありだったでしょうね。それにしても重子さんは、なぜそこまで谷崎家に取り込まれなければならなかったのか。

桐野 結婚が遅かったことも、理由のひとつではないでしょうか。当時の富裕階級の女性は職業がなく、結婚しなければ生きていけなかった。嫁に行かないなら、家長か誰かに頼らざるをえない。重子さんにしてみれば、谷崎と松子との生活が楽しかったのでしょう。

中島 その間に、密接なつながりができてしまったのかもしれませんね。やがて旧華族につらなる人と結婚するけれど、あまり幸福そうではないし、夫が北海道で暮らすようになってもついていかなかった。