ヘヴィメタルより伝統文化に詳しい理由

竹内閣下は好角家として有名ですが、ほかにも尺八や三味線などの邦楽器や、能や日本舞踊をはじめとする日本の伝統芸能に対する造詣が深く、共作にも取り組んでいらっしゃいます。少し意外な印象も受けるのですが。

閣下日本を代表するハードロック/ヘヴィメタルバンドのヴォーカルだと思われているが、「おっ、君こういう歌なかなかいいね」なんて言われて、成り行きでこのジャンルで進んでしまったからな、吾輩は(笑)。でも、音楽や芸術として極めたいことは別にあったのだ。41年もやってきて今さら言うなよ、という話だが。

竹内私も最初からサイエンス作家になろうと思っていたわけではないので、共感するところがあります。(笑)

閣下科学もそうだと思うが、誰もやったことがないものに面白さを見つけて、それを世の中に広めていく――。そういう喜び、というものがあるのだろう。吾輩の場合は、日本の伝統文化を現代のエンタテインメントと融合させてアレンジしたり解釈したり、ということが好きなんだと、ある時に気がついた。それで、聖飢魔Ⅱの活動をしていない時には、そちらのほうをライフワークにすることにしたのだ。

竹内「デーモン閣下の邦楽維新Collaboration」という名前で、谷崎潤一郎の『春琴抄』などを読む朗読公演も25年以上続けていらっしゃいますね。

閣下5年前に能楽師の山井綱雄氏、二十五絃箏演奏家の中井智弥氏とともに、吾輩が朗読・歌唱・脚本を担当し、「能魔ヰ三重箏(のうまいさんじゅうそう)」と題する作品を東京文化会館で上演した。演目は、『源氏物語』に着想を得た能作品の「葵上」と「野宮」を現代語訳し合体させた構成。この10月には、横浜の久良岐能舞台で再演する。

竹内伝統文化に惹かれたきっかけはなんだったのでしょうか。

閣下吾輩が、「再来日子女」だからだろうな。ちなみに、人間界における日本で生まれたわけではないので、「帰国子女」という言い方はしないのだ(笑)。ともかく、ニューヨークで3年間暮らし、再来日したのが世を忍ぶ仮の(以下、世仮の)小学校1年生の終わり。つまり物心がついて、自我を育んだのがアメリカだった。なので、日本のすべてを新鮮に感じ、なかでも日本的なものにすごく興味を持った、というのが出発点だ。逆に、舶来信仰心はゼロね。

竹内偶然ですが、私も1969年から2年間ニューヨークにいました。でも、帰ってきたのが10歳の時だったので、閣下とは感覚が少し違うかもしれません。

閣下東京の駒場近くに住んでいたこともあり、世仮の小学生の頃から東京大学の落語研究会の発表会に独りで足を運んだり、相撲部員だった世仮の祖父と一緒にテレビで相撲を夢中になって観たりしていた。そういう素地があるから、「世界のハードロックについて語れ」と言われてもロックファンほどは話せないが、日本の伝統芸能や相撲についてならば『婦人公論』で数年間連載できるくらいの知識は持っているぞ。

竹内伝統文化を重んじていることと繋がっているのかもしれませんが、「コスパ」「タイパ」のように、単語を省略する昨今の風潮がお嫌いだとか。

閣下いかにも。ただ、単に感情的な好き嫌いではなく、世代間や異文化との交流をないがしろにする行為だから嫌いなんだ。実際、若者と話していて、「え?」と聞き返したことが何度もある。

竹内鋭い指摘ですね。

閣下たとえば、「『スーパー』に行った」と言えば、日本人は「スーパーマーケットに行った」という意味だとほとんどの人がわかるだろう。でも、海外の人からすれば「『凄い(super)』ってどこだ?」となる。元の意味や使い方を理解しているうえで使っているなら説明もできるだろうが、「メール」とか「アプリ」「レコード」にしても、そうでないことのほうが多いではないか。そんなふうに相手に意味が通じない言葉を常用するのは、コミュニケーション力向上からの逃避であり、かつ孫子の代のためにならない。つまり子孫愛が無い、というのが吾輩の持論なのだ。

大島由香里、竹内 薫