(画:一ノ関圭)
詩人の伊藤比呂美さんによる『婦人公論』の連載「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。伊藤さんが熊本で犬3匹(クレイマー、チトー、ニコ)、猫3匹(メイ、テイラー、エリック)と暮らす日常を綴ります。今回は「秘術〈汗パック〉」です(画:一ノ関圭)

「ひろみさん、肌がつやつやしてますね」とよく人に言われる。いえ、自慢じゃないんですよ。言われるときには「七十にしては」という条件が必ずついている。

そういうことを言ってくるのは、肌についてはだいぶ考えてきたはずの同世代の女たち。そしてあたしは、以前よりひんぱんに言われるようになっている。あたしはつねにあたしだったので、七十になって急につやつやしてきたとは思えない。考えられるのは、七十歳とはつやつやしてないという、同世代の女たちの思い込み。それから、ここ数年使っている某通販の保湿クリームの効果。

でももうひとつ心あたりがある。保湿クリームより以前からやっている。考えるのはまずそっち。それであたしはいつもこう答える。

「自分の汗で顔を拭くんですよ」

いや、まじめに言ってますよ。あたしの編み出した、汗パック(仮称)。

五十代の初めにカリフォルニアでズンバにはまって以来、ずっとやっている。

あの頃は一日何度もクラスに行って、ズンバやって汗をかいて、ぬぐったタオルがびしょ濡れになるほどで、そのまま家に帰って仕事してまた次のクラスに行ったもんだ。カリフォルニアは乾燥していてすぐ乾いたし、慢性の水不足で、シャワーを浴びるのは反環境だと感じていた。

熊本は湿気があるから、カリフォルニアみたいなわけにはいかないが、やっぱり、ズンバのときに自分の汗で顔を拭く。そしてそのたびに、自分由来の滋養が、身体にしみ込むような気がする。プラセンタや飲尿療法(うつだったとき、かかりつけの医者に勧められてやっていた)に近いのかもしれない。

自分が七十歳であること。自分に関しては実感がないが、近しい人の年齢が七十歳だと、うわっ年寄り、と思う。

こないだ前夫が書評か何かで新聞に載っていて、(71)となっててぎょっとした。昔とはいえ、あたしは七十一歳の人と結婚してたのかと思って。去年、枝元ねこちゃんの訃報を見たときにも、枝元なほみ(69)と書いてあって、ぎょっとした。あたしは六十九歳の人と親友だったのかと思って。