私のゴキブリ比較論

かつて、10人ぐらいの親戚や友人一同が集まって、夫の実家で定例の日曜食事会をしていた時のこと。皆それぞれ好き勝手なことを喋っているので、私も隣にいた人と他愛もない会話をかわしていた。どういう経緯からかは忘れたが、なぜか話題がゴキブリになった。

周りの人たちがあまりに大声で話しているので、自分の声がなかなか聞こえないくらいだったが、私はなるべく相手に伝わる音量で、日本ではたまにブンブン飛んだりしているから甲虫と間違えて捕まえてしまうことがある、と伝えた。すると、その瞬間その場に居たイタリア人全員が「ええっ、ゴキブリって飛ぶの!? 初めて知った!!」と驚愕の表情を浮かべた。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

実は私はその日曜の食事会では全く他の人の会話に入り込めず、1時間ほど聞く側に徹していたわけだが、思いがけず「ゴキブリが飛ぶ」という言葉で、その場にいる全ての人の注意力を集めることになった。

ところが、そのとたん、もう一方の隣に座っていた姑が甲高い声で「あ、そういえばあたしねえ、アフリカのマリで巨大サソリにやられそうになったことがあるのよ! こんなに大きかったのよ!」と両手と両手を1メートルほど開いて、私の姿も言葉も隠すように全身で迫り出してきたのだ。もちろん人々の注意力は余すことなく姑の巨大サソリに持っていかれてしまい、私のゴキブリ比較論は断絶したまま、永久に忘れ去られてしまった。

その数日後のことである。姑の家の近所にあるカフェに立ち寄ったところ、ウェイターの青年から「そうそう、噂で聞いたんだけど」と声をかけられた。青年はそっと顔を寄せ、周りに配慮するようなしぐさで、そっと私に言った。「日本には空を飛ぶ巨大サソリがいるんだってね」。