古代ローマ時代から変わらない被る会話

古代ローマの時代から弁証法(問答法)がいまだに教育の中にも活かされ、小学校から口頭試問を身につけてきている彼らにとって、(もちろん人にもよりますが)自分の思ったことをしっかり力強く主張するためには必要以上に慮らない、という場合もあるのはわかる。

しかし、毎日こういう人たちの中で暮らしていくのは、本当に大変なのである。飛び交う情報の何割かは、こうした被せ会話によって捏造された伝言ゲームであり、いちいち信じてはいけない。

イタリアではこのように、人から言葉を被せられるほうが多い私ではあるが、日本にいる時は、無意識のうちに相手の発言が終わらないうちに言葉を被せてしまっていることが多い。その都度気をつけなければと心がけはするのだが、姑にその話をしたら、どうも納得がいかなかったらしく「そんな周りなんて気にしていたら、言葉の便秘になって毒素が溜まるじゃないの」とのことだった。

※本稿は、『新版-地球生まれで旅育ち-ヤマザキマリ流人生論』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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新版-地球生まれで旅育ち-ヤマザキマリ流人生論』(著:ヤマザキマリ/中央公論新社)

漫画家・文筆家・画家――数々の表現方法で活躍するヤマザキマリの原点とは。

14歳での欧州一人旅、母や北海道という土壌、世界各地で見てきたものから生まれた表現者としての覚悟、生きる意欲をもたらした芸術の道…。

2019年上梓の『地球生まれで旅育ち』に大幅加筆修正を加えた一冊。