漫画『テルマエ・ロマエ』を手がけ、漫画家や文筆家、画家など数々の表現方法で活躍するヤマザキマリさん。ヤマザキさんはイタリア人との結婚を機に、エジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々で生活を送ってきました。そこで今回は、ヤマザキさんの著書『新版-地球生まれで旅育ち-ヤマザキマリ流人生論』より一部を抜粋し、狭い世界にとらわれないヤマザキさんの生き方に迫ります。
貧乏学生ながら参加したキューバのボランティア
イタリアで貧乏画学生をやっていた頃、私はフィレンツェ大学で募っていた、キューバ救援のボランティア活動に参加したことがある。
20代前半だった私の周りには、自分同様に各国から集まってきた学生や文化人がいて、学校でもアルバイト先でもそういった連中と接しては、何とかこの不条理な世の中を修正できないものかと、寝るのも食べるのも忘れて真剣に語り合ったものだった。当時ベルリンの壁が崩壊したことに影響を受けて、キューバという小さな社会主義の島国は、米国に干渉された近隣南米諸国や欧州からの援助を受けられなくなり、食べ物すらろくに手に入らないという、極度の貧困を強いられていたことは知っていた。
そんなキューバへ、すでに何度か物資を運びにいったという人物に直接出会い、ぜひ参加してほしいと説得された私は、自分がかねてから音楽や文化など、キューバに対し特別な思いを抱いていたこともあり、参加を決めた。
私は自分の家のライフラインが断たれるような貧困状態におかれていたが、アルバイトを増やして航空券を買い、余った残りのお金でノートや鉛筆、消しゴムといった文房具を調達。それを軍隊の遠征で使うような巨大なリュックに詰め込んだ。それらの物資をハバナ市内のいくつかの小学校に届けることと、そして燃料不足で動かなくなってしまった重機のかわりに、現地でサトウキビ刈りを手伝うのが私に課せられた使命だった。