イタリアへ帰る日
サトウキビを刈ったり、サルサやマンボの踊りを特訓されたり、妊娠をしたり(これは後で気づくのだが)怒濤のようなキューバ滞在が終わり、イタリアへ帰る日がやってきた。帰りの飛行機の中でセリアと彼女の夫から、両親から預かったという新聞紙の包みを渡された。ただ、ここでは開かないでほしいというので、飛行機に乗るまで我慢をし、やっと離陸をしたあたりでゴソゴソと包みを開いた。
すると、そこには彼らが愛用していた一家にたった一つしかない陶器の灰皿があった。セリアが新婚旅行でサンティアゴへ行った時に、夫から買ってもらったのよと自慢していた、ピンクの象の灰皿だった。私の両目から鉄砲水のように涙が溢れ、隣に座っていた巨漢のオランダ人に不思議そうに見つめられたが、どうでもよかった。
お金もない中、先の読めない日々を飄々と過ごしながら、健やかに家族を守り、利他の精神も兼ね備えた素敵な女性と温かい家族に囲まれて過ごせただけで、どんなハードルがこれから自分を待ち受けていようと、私にはもう怖いものはなかった。
※本稿は、『新版-地球生まれで旅育ち-ヤマザキマリ流人生論』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『新版-地球生まれで旅育ち-ヤマザキマリ流人生論』(著:ヤマザキマリ/中央公論新社)
漫画家・文筆家・画家――数々の表現方法で活躍するヤマザキマリの原点とは。
14歳での欧州一人旅、母や北海道という土壌、世界各地で見てきたものから生まれた表現者としての覚悟、生きる意欲をもたらした芸術の道…。
2019年上梓の『地球生まれで旅育ち』に大幅加筆修正を加えた一冊。





