一人で10役こなす、大家族のキューバの母

元ハバナの小学校で教師をしていたという、小柄でありながら、猛烈な包容力オーラを醸しているこの女性は、毎日毅然と家族のために少ない食材から料理を作り、子供たちの宿題を手伝い、女たちの夫の悪口を聞いては宥め、とにかく一人で10人くらいの役割を平然とこなして暮らしていた。

夫は1959年のキューバ革命を10代半ばで体験した人で、毎日ギターをつま弾きながら当時の思い出を壊れたレコードのように繰り返し語っていた。妻はそんな夫を「都合の悪いことは思い出さず、都合のいいことだけ考えて過ごしている。本当にあの人は幸福だよ」と捉えていた。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

キューバまでサトウキビを刈りにきた私に対して「こんな国、手伝ったって仕方ないよ、もうすぐ社会主義は終わるはずだ」と何度も繰り返していたセリアの20代の息子は、ある日私とセリアに、筏での亡命を企んでいる旨を打ち明けた。アトランタにはすでに亡命に成功した親族がいるので、そこまで辿り着きたいとのことだった。

「アメリカへ行ったらおばあちゃんにも援助できるよ」とセリアの手を握り、彼女から離れていくことを許してほしいと言わんばかりの優しい口調だった。それに引き換えセリアは「その前にメキシコ湾でサメに喰われたら一巻の終わりだね」と冷たい口調で一言。「それでもいいなら何でもやりな」。何事にも動じない逞しい女というのはいろいろ見てきたが、セリアの肝の据わりっぷりはすごかった。南米文学の巨匠ガルシア=マルケスの作品『百年の孤独』に出てくる主人公の強靭な母親ウルスラ・イグアランは、実在していたらまさにあのような様子だったと思う。