一花 そこに、その人らしさみたいなものが宿るのかなと思います。弟子入りした当時の自分は、目の前にあるものの形に合わせようとしてました。

二葉 合わせられるのかもしれへんけど、無理してはったんちゃう?

一花 姉さんには「過剰適応」って言われましたね(笑)。その無意識に合わせにいっている自分にどこかで気づいていたので、いいきっかけをいただきました。師匠からも「そろそろ自分の言葉で話しなさい」と言われて。そこから試行錯誤しました。

二葉 私の場合はやけど、師匠から型を学ぶやんかぁ。でもそれをそのままやったら、そこには細かな違和感とか、なんか変やなと思うところが出てくんねん。ちゃう人間なんやから、当たり前やねんけど。せやから、しっくりくるまで時間をかけて自分の体になじませていくようにしてる。

一花 それこそが、醍醐味なの かもしれません。師匠とまったく同じようにやっても、そこには何も生まれないというか。古典落語というのは、そもそも噺そのものだけでおもしろいから、自分が自然に話す身体や気持ちや技術を身につけていかないといけない。

二葉 そやんなあ。こうして話してたら、一花さんとは性格はかなり違うけれど、落語に対する姿勢とか考え方は似てるような気がする。