対話でうかびあがる人間のおかしみ
一花 そうなんですよ。おもしろい! 2人で落語の話をしていると、2時間くらいたってる。(笑)
二葉 たとえばキャラクターをおもしろく造形してそこで笑いをとることよりも、人物同士の対話を大切にしてるところとか。インタビューでよく「得意な登場人物は?」と聞かれるから、「アホと子どもと酔っぱらい」って答えるんやけど、でも、キャラクターをやるんじゃなくて、登場人物の対話で、その人物がうかびあがってくるねん。
一花 私もそうです。たとえば人物が2人いるとしたら、その対話によってうきあがってくる空気感や、お互いの人間性が見えることが楽しいというか。
二葉 一花さんはたぶん最初からそれに気づいてはる。私はやっと理解できてきた。最近『粗忽長屋(そこつながや)』が好きでようやってる。行き倒れの死人を見つけた人が、その死体を長屋の熊はんやと思いこんで、熊はん本人をその場につれてきて……っていう噺。
あれもやろうと思えばギャグをめっちゃいれて、それで笑かすやり方もあるよなぁ。それももちろん正解やけど。
でも私は出てくる人間そのもののおかしみがおもしろいと思う。自分のことがよくわかってへん人の、なんかふわふわした世界観とか……そういうものを大事にしたい。