女優業の店じまいをしたあと、(中略)女優稼業の六十年間をフッと振り返った。
昭和四年、新築地劇団にはいってからは、あちこち飛びまわったあげく、治安維持法に触れて動けなくなったし、昭和九年、映画界へはいった頃は丁度トーキーのはじまりで、脇役女優はただ、もう、忙しかった。やっと、その世界に馴れた頃には、暗く永い戦争に。(中略)
小さい頃は、(中略)台所仕事の手伝いや兄、弟の身のまわりの世話で、子供なりに結構忙しかった。女学校時代は勉強のほかにアルバイトの家庭教師で暇がなく、女子大でも、友だちとどこかへ行ったとか、ゆっくりおしゃべりをした、というおぼえもない。おかしいのは、そんな暮らしを、つまらない、と思ったことが一度もないということである。(中略)
若いときから、自分で楽しい、と思うことだけをしてきた。傍目は、まるで気にしなかった。そのために、辛いことも多かったけれど、あれこれむずかしい世の中で、自分の好きなことをするためには、そのくらいのことは当り前、と、始めから心を決めていたから、何とか耐えられた。まわりの人になるべく迷惑をかけないように――気をつけたのは、そのことだけ。(中略)
と、いうことは、ずっと遊んでいた、のと同じことになる。なるほど――だから、後悔することもないし、なかなか面白い一生だった。
(『寄り添って老後』より)
