「老いていく」ということは
さらにこの年代は、親の介護や看取りを経験する時期でもあります。
老親の介護には、経験したことのある人にしかわからない葛藤と孤独感が伴います。
認知症が進行しても、記憶や認識能力は低下する一方で、感情やプライド、自尊心は最後まで残りやすいものです。自分にとって不本意な他者の態度や言動に敏感になり、できなくなったことを隠そうとしたり、自己防衛のために非常に頑固になったりすることもよくあります。
それゆえ、こちらが良かれと思ってやっていることに対して、強く非難されたり拒否されたりすることも往々にしてあるのですが、そんなときには、親を思う気持ちと「どうして自分がこんなに我慢しなければならないのか」という気持ちのはざまで苦しむことになります。
さらに、自分の自由時間はおろか、仕事を制限したり介護休業をとったりしながらという場合には、仕事、社会から離れていることに焦燥感や孤立・孤独感をおぼえ、また職場など周りの負担が増えることへの申し訳なさや後ろめたさを感じてしまうものです。
こうして親の老いに向き合いつつ、自らの「老い」が始まっていることも、体力・気力の低下や、容姿・体型の変化から否応なしに認識するようになります。
「老いていく」ということは、「若さが失われていく(若さの喪失)」ことを意味します。そこに喪失感や寂寥感をおぼえたり、老い、ひいてはいつか必ず訪れる「死」への恐怖が湧き上がってきたりすることもあります。
また、「今、人生の折り返し地点にいる」と意識することで、今までの生き方を振り返ってみることも多くなります。
すると、「これまでの人生で自分は何を達成できたのだろう?」「若い頃に抱いていた夢の、そのひとかけらも実現できていないのでは?」「自分の人生はこのままでいいのか?」「残りの人生で自分は何ができるだろうか? 何をすべきだろうか?」といった自問や葛藤の嵐に襲われます。
このような状況の中で焦燥感や虚無感、孤立・孤独感に見舞われ、メンタルが不安定な「揺らぎ」の状態になる心理的危機を「ミッドライフクライシス(中年の危機)」といいます。
カナダの精神分析医エリオット・ジャックス(1917〜2003年)が1965年に提唱した概念で、「これまでの人生の選択や身体的変化、キャリア、死の不可避性に直面し、強い葛藤や不安、人生の転換期を経験する現象」と定義されています。
同じく「揺らぎ」の時期であった思春期になぞらえて、「第二の思春期」と呼ばれることもあり、40〜50代の6〜8割近くの人が直面するといわれています。