新しい車で、浦島太郎の気分に

そうして、二十三年ぶりに新しい車を運転することになった。

まず鍵がないのにドアが開く。運転席に座ったらシートとハンドルが温まっている。暗くなるとライトが勝手についている。サイドブレーキがない。携帯で電話をかけたら車内のスピーカーから相手の声が聞こえてくる。駐車するとき後方の映像がモニターに映る等々。これらのことはおそらく、相当昔から車に装備されている機能なのだろう。しかし、そんな機能がなくても、これまで何の不自由も感じないで二十三年間運転してきた。世の中の人たちはみんな、こんな未来の車に乗っていて、時々私が「坂道はエンジンブレーキかけないとね」なんて縄文時代みたいな話をするのを、気を使って「ねえ、そうだよねえ」なんて合わせてくれていたのだろう。エンジンブレーキなんて車が勝手にかけてくれるわっ。段階を踏まずに最新の機器に触れた自分は浦島太郎の気分だ。

ここに驚きの機能をいちいち記しても、そんなのは皆さんとっくにご存じだと思うので割愛しますが、とにかく、このタイミングで新しい車に乗る巡り合わせになったことに感謝だ。仕事中に故障して、慌てて乗り換える羽目にならなかったこと。まだなんとか新しい機器に対応する気力がある年齢だったこと。

家の黒電話時代からスマートフォンを操作する暮らしに対応してきただけでも自分を褒めたたえたいけれど、新しい時代の進化は止まらない。自分なりのスタイルで十分快適な暮らしだったとしても、世の中と多少なりとも関わって生きていくには、たまのアップデートは必要なことなのだ。

とはいえ便利な車の機能も、スマートフォンやパソコン、あるいは自分自身の脳みそのように、使用している領域はほんの少しだろう。それでも、アクセル、ブレーキ、ウインカー、ミラーが機能していれば、車は走行できる、という原始的なことを忘れなければ、運転はできるのだ。恐れることはないのだ。