学校群制度の影響
昭和49年(1974)、公立高校に学校群制度が採用されて、四日市高校は四日市南高校と、津高校は津西高校と組まされた。その結果、公立高校からの難関大学合格者は激減し、四日市高校でも津高校でも東京大学合格者は、5名以下が常態化した。
それがようやく回復に向かったのは、平成7年(1995)に学校群制度が廃止になり、平成10年(1998)から新制度での卒業生が出始めてからのことだ。2026年度入試の実績は、東京大学に四日市高校が17名、津高校が3名、京都大学に四日市が18名、津が6名となった。高校入学時の偏差値では、四日市高校と伊勢高校(伊勢市)、津西高校(津市)の国際科学コースが高い。
真宗高田派の本山は津市内の専修寺で、そこが経営するのが、私立の高田高校だ。寺内の学校を一般に開放して発展させたが、学校群の元で県内一の進学校だった時期も長い。昭和60年代から県内では東京大学合格者数がトップになり、東大京大合計が30人を超えていたこともある。しかし、その後は公立の復権で低下し2026年度入試では東京大学に6名、京都大学に5名が合格。現在でも県内では、四日市高校に次ぐ合格者数。
仏教精神による宗教的情操教育として、毎月、専修寺への本山参詣を行い、仏教講話を拝聴し、心静かに自らを見つめ直す貴重な時間を設けている。
※本稿は、『日本の名門高校 - あの伝統校から注目の新勢力まで -』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
『日本の名門高校 - あの伝統校から注目の新勢力まで -』(著:八幡和郎/ワニブックス)
開成、灘だけじゃない!
地方の隠れた伝統校から躍進する首都圏進学校まで、難関大学へ圧倒的な合格者数を誇る高校の真の実力がこの1冊に。






