知り合ってすぐ、美輪さんのコンサートを聞きに行ったときのこと。本当に一曲一曲、その歌の登場人物になりきっている姿を見て、体が震え、涙が止まらなかった。そしていつか、美輪さんが歌ったエディット・ピアフの「ボン・ヴォワヤージュ」を自分も歌いたいと思いました。
1978年、私が23歳のときに仲間と「劇団2○○(にじゅうまる)」を旗揚げしたときのこと。美輪さんから「2」だと劇団が空中分解するからよくないと言われ、「劇団3〇〇(さんじゅうまる)」に改名しました。
私たちは当時、渋谷区のオリンピックセンターで稽古をしていましたが、抽選に外れると場所がなくなってしまいます。そんなとき、「うちで稽古すれば?」と言ってくださり、団員みんなでご自宅のリビングで本読みをしたことも。
旗揚げ公演のときから、小道具や衣装もお借りしていました。私が美輪さんの舞台の小道具を手作りしたこともあったんですよ。お金をかけずに工夫して作ったところ、たいそう褒めてくださって。優しい方なんです。
79年、美輪さんの舞台『愛の讃歌〜エディット・ピアフ物語〜』の初演時は、台詞を覚える際の相手役もしました。美輪さんは3回台本を読むと、台詞を覚えてしまう。もう天才的でした。
私は裏方として働きながら、本番中ずっと舞台袖で生の歌声を聞き、全身でむさぼるようにシャンソンを覚えようとしました。