▼親孝行をする前に
胃がんで54歳のときに亡くなった。独裁者である父に怯えながらの生活は、我慢ばかりでかわいそうだった。まだ若かったのだから離婚して自由に生きてほしかったし、私も28歳で、ほとんど親孝行ができなかった。父の悪口を兄と言うことで、優しかった母の供養をしている
(52歳・会社員)
胃がんで54歳のときに亡くなった。独裁者である父に怯えながらの生活は、我慢ばかりでかわいそうだった。まだ若かったのだから離婚して自由に生きてほしかったし、私も28歳で、ほとんど親孝行ができなかった。父の悪口を兄と言うことで、優しかった母の供養をしている
(52歳・会社員)
▼優しく介護できず
3年間、ひとりで自宅介護。うまくできず母にあたってしまった。どうすればよかったのか。5年経っても涙が出てしまう
(52歳・パート)
3年間、ひとりで自宅介護。うまくできず母にあたってしまった。どうすればよかったのか。5年経っても涙が出てしまう
(52歳・パート)
▼異変に気づけなかった
がんが見つかったときには手の施しようがなく、普段通りの生活をしながら父と弟と在宅で看取った。心配をかけまいとするのが母なのだから、早く大きな病院に行かせていたら……
(71歳・主婦)
がんが見つかったときには手の施しようがなく、普段通りの生活をしながら父と弟と在宅で看取った。心配をかけまいとするのが母なのだから、早く大きな病院に行かせていたら……
(71歳・主婦)
▼ともに暮らした時間は短く
早くに父を亡くし、母は懸命に働いて私を大学まで出してくれました。大学から実家を離れた私は、そのまま結婚。母と暮らしたのは18年間だけでした。もっとたくさん話して、優しい言葉をかけてあげたかった
(69歳・主婦)
早くに父を亡くし、母は懸命に働いて私を大学まで出してくれました。大学から実家を離れた私は、そのまま結婚。母と暮らしたのは18年間だけでした。もっとたくさん話して、優しい言葉をかけてあげたかった
(69歳・主婦)
▼触れられないまま
コロナ禍で面会が制限され、一時帰宅もかなわなかった
(70歳・公務員)
コロナ禍で面会が制限され、一時帰宅もかなわなかった
(70歳・公務員)