雨彦には妹がいた。俺たちの二つ下でスポーツトレーナーを目指していた。そのためには医療系の資格を持っていたほうが有利だと言い、理学療法士になるための勉強をしていた。
「私たち三人でメダルを取るの」
それはとても心地よい言葉だった。二人ではなく三人。三という数字は安定を表す。今から思えば、あの頃の俺たちにはなんの悩みもなかった。メダルという目標があれば、それにまつわる問題や困難は必要経費に過ぎなかったし、メダルに関係ない事柄はそもそも存在しないも同じだった。
小さくて身勝手な王国。限られた視界から見る狭い世界はまさに天国だった。
だが、そんなとき、雨彦は練習中に転倒し、膝を痛めた。手術をしてリハビリをしなければならなくなった。指定は解除され、俺たちは一年を棒に振った。
「ゆっくり治せよ。先は長いんだから」
「ああ。いい機会だと思って身体を作り直すよ。怪我をしない身体にする。おまえの言うとおり、長くプレイしていくためには無理は禁物だ」
雨彦は前向きだった。俺は雨彦の強さと明るさに感心し、自分も励まされるような気がした。
「そうだな。俺も一から身体を作り直す。付き合うよ、雨彦」
「よーし、二人でやろうぜ」
手術は無事に終わり、雨彦はボルトの入った膝でリハビリをはじめた。
俺たちは二十四時間ほとんど一緒に暮らした。栄養士の作ったメニュー通りの食事をし、トレーニングをした。
雨彦と妹の美雨は同居していて、俺がしょっちゅう通っていた。泊まり込む日も多く、美雨の発案でとうとう俺の布団も用意されることになった。
リハビリ期間は完全禁酒だったが、唯一の例外は「蓬命酒」だった。
「霧の実家が作ってるんだし、ま、薬みたいなもんだからな」
俺たちは毎日、小さな盃に一杯の蓬命酒をちびちび飲んで憂さ晴らしをした。
雨彦は辛抱強かった。決して弱音を吐かず、冗談を飛ばしながら、天性の明るさで体育館の中を照らした。
美雨は理学療法士の国家試験に受かって、三人で祝いをした。蓬命酒で乾杯し、小さなケーキを食べた。一人っ子の俺は雨彦や美雨を本当の兄妹のように感じていた。
怪我から一年、霧雨コンビの復帰第一戦は完全勝利だった。
三人で祝杯を挙げた。
俺たちは久しぶりに飲んだ。一年以上飲んでいなかったので、よく酒が回った。深夜の公園で俺たちは浮かれてはしゃいだ。雨彦はふざけて鉄棒で逆上がりをしたり、美雨はブランコを立ち漕ぎしたりした。俺は滑り台を滑ろうとして尻が挟まって二人に笑われた。
とっくに零時を回っていた。そろそろ帰ろうとしたとき、四、五人の男たちに囲まれた。連中はなにも言わずいきなり襲ってきた。俺たちは美雨を逃がすのに精一杯だった。一方的に殴られ、地面に転がった。
「金出せよ、早く」
