死を知らせる作業にも意味がある
父の死の前に認知症になってしまった母からは、「自分が死んだときはこうしてほしい」といった話を聞いたことはありませんでした。
父のほうは生前、「俺が死んでも通夜、葬式はするな。香典や花も受け取るな」と口すっぱく言っていましたね。とはいえ現実にはそうもいかず、その死はマスコミを通してみなさんに知られるところとなり、小さな葬儀を執り行いました。次々と届く花、差し出される香典を突き返すことはできないし、受け取ったからにはお返しをするのが礼儀。香典返し、お悔やみの言葉を寄せてくださった方々へのお礼状の発送など、父の意に反してるなあと思いつつも、こなしたのでした。
母が亡くなったときは、コロナ禍での葬儀であり、可能な限り小規模なものにするということはすんなり決まったものの、問題は母の死を親戚以外の誰に知らせるかということでした。父が亡くなってから、母を心配して「お母さま、お元気?」と電話をくださる方、季節の果物を送ってくださる方などが大勢いらっしゃったのです。
せめてその方たちには知らせなければと作業を始めたところ、これがとにかく大変。連絡先がわからない人もいて、古い年賀状や手紙の類、品物の送り状などから探偵のごとく調べるわけです。電話で知らせるにも、相手はご高齢の方が多い。「まあ、佐和子ちゃん、ご無沙汰してます。お元気?」から始まり「コロナ、どうしてらっしゃる?」と続き、そのまま話していると1時間近くかかることも。1日に4件もこなすと、もうクタクタ。それが何日も続きました。
ただ、回数を重ねるにつれ、これはすごく大事なことだと思うようになったのです。「いつも送っていただいたチョコレート、母は喜んで食べていたんですよ」とこちらが言えば、「そうそう、昔、こういうことがあったのよ」と話をしてくださる。ある方からは、「主人が亡くなってから世間とは無縁な生活をしておりましたけど、私のことを思い出し、知らせてくださって、本当にありがとう」と言われました。
親の人間関係なんて、知っているようで知らないもの。私には「誰? この人」という人も、過去をたどることで「母とはそんなに古くからのつき合いなのか」などと知ることができ、母にとっていかに大事な人かがわかる。母の人生における人とのかかわりの一端を知ることになるのです。
年をとるにつれて、世間とのコンタクトは少なくなりがちです。高齢者は社会からのリタイア者という見方をされてしまい、その人自ら、これまで巡り合った人々との交わりをキッパリ断ってしまうこともある。それを今さら復活させようというのではありません。ただ、放っておけば忘れるにまかせて終わってしまう人と人との関係を、母の死の報告により「つなぐ」ことができたのではないかと思うのです。
葬儀にしても、参列することで久しぶりの顔に会える。みんなをつないでくれているのは、葬儀の主人公である故人なんですね。
亡くなったことの知らせも、香典返しやお礼状も、面倒くさいけれど、そこには意味がある。死んでなおの母の教えですね。そこに気づいたのも、私自身、歳をとって、人生の残り時間が見えてきたからかもしれません。
父を送り、母を看取り、では私の場合は……。そんなのわかりません。これまで目の前の危機をどう処理するかしか考えてこなかった私。どう倒れるか、どうボケるかも予測がつかないのですから。あっ、片づいていない部屋はどうしよう。それを考えると息苦しくなりますが。