綱吉の時代から来たいろは

いろはは「ここ、どこだよ?」と動揺する。自分がブラウスを着て、スカートをはいていることに気づくと、「オレの着物はどこやったんだよ!」と怒声を上げた。

いろはが「この間、5代目の公方様に綱吉様がなられたばかりだ」などと口にしたことから、1685年ごろから来たことが分かる。徳川綱吉が5代将軍に就任したのは1680年だった。

彩葉が頼りなく内向的なのに対し、いろはは勝ち気で物おじしない。なにしろ、彩葉の部屋で誤ってボヤを起こしても、悪びれる様子がない。一ノ瀬が消火器を使って火を消すと、「最高じゃねーか」と、喜ぶ始末だ。

正反対の2人を演じ分ける上白石の演技力は、圧巻の一語。この人はかわいらしいイメージが強いため、アイドル的な存在と捉えられることもあるが、女優としての評価は極めて高い。

(『いろはの恋は時代をかける』/(c)TBS)

かつて、北海道大学名誉教授で映画評論界の権威である阿部嘉昭氏(68)に「今、うまいと思う女優は誰か」と尋ねたところ、真っ先に名前が挙がったのも上白石だった。映画『夜明けのすべて』(2024年)や『35年目のラブレター』(2025年)では、眼差しと表情だけで登場人物の心情の大半を表現した。今回の作品も、上白石が主演でなければ成立しなかったのではないか。

自分がタイムスリップしたことを自覚したいろはは、姿を消した彩葉に代わって教師を務めたいと言い始めた。もともと学問好きで、特に算学が得意だったからだ。

いろはは、実在した算学界の巨人・関孝和(大森元貴)の算法指南所に通っていた。町娘のため正規の生徒にはなれなかったが、押しかけるようにして指南所を訪れていた。女性が教える側になることも不可能だった時代だが、いろはは先生になることを夢見ていた。

ここで、作品に込められた意図の1つが見えてくる。いろはは、教師に対する敬意や礼節が失われている現代の教育現場の様子を知り、大いに嘆く。「儒教では『天地君親師』と説かれた!」。天と地、君主と親、そして師は等しく敬わなくてはならないという教えである。江戸時代の価値観のほうが正しいように思えてくる。

しかし、江戸時代には不当極まりない男女差別が存在し、生まれによって生き方が決まってしまう不条理な社会構造もあった。だから、いろはは一ノ瀬の妹・沙耶(白山乃愛)に「女も教師になっていいのか?」と確認する。沙耶が「当たり前じゃん。何の仕事をしたっていい」と答えると、表情を輝かせた。

この作品は、単に現代の教育界を憂い、過去を美化しようとしているわけではない。江戸時代中期と現代を対比させることで、時代が変わっても大切にすべきものがあるのではないかと訴え掛けている。