ワーキングウーマンの心を癒やす

「帰宅してリモコンを数回押して」ここには、外出から帰った時の疲れと心許なさがあらわれています。まさにお嬢様そのもの。けれど「マツコ・デラックスが出てるのにする」の能動性と、一人の楽しみを見つける歌の転換のファニーで見事なこと。ここで選ばれているのが恋愛ドラマでもニュースでもなく、女装家のマツコ・デラックスのトーク番組であることは現代を突いているでしょう。マツコさまの自虐と配慮を含んだ毒舌は、毎日疲れた心に「ふふふ」を与えてくれます。ただ攻撃するわけでもない、ただ自虐で笑いを誘うでもないマツコのトークは配慮に配慮を重ねて疲れ切ったワーキングウーマンの心をほっこりと癒してくれます。そしてここには、テレビ越しとはいえ、人への興味、そして温もりがあります。

「えべれすと。仕事の量が、えべれすと」呟きながら歩く同僚

多忙な環境なのでしょう。こうした職場で、動向がおかしくなっていく周りを見る機会はお嬢様も身に覚えがあるはず。しかし、片岡さまの心は、そんな同僚に対して興味津々。忙しさの中でも文字通り心をなくさず、同僚の不思議なひと言をこうして歌にしているのですから。

歴代の彼氏を凌駕しちんまりと玉座に即いてゐるのはむすこ

片岡さまの歌集の中で、出産・子育ては大きなテーマです。しかし子育ての歌であると同時に、令和らしいお歌と言えるでしょう。母親になったからと言って、過去の彼氏の存在を封じこめるのでも、なかったこととして聖母を演じるのでもない、経験を重ねて妻になり、母になる主体を見ることができます。その中では、「歴代の彼氏」(と複数人いることを表していることがチャーミングです)が存在を示していた心のある部分に、それよりずっと愛すべき心を惹かれる存在として「むすこ」が置かれるというのです。「歴代の彼氏」と「むすこ」を同列に置くのはどうかという意見は野暮というもの。これは、誰に心を注ぐか人をフラットに見た時に、出てくる感情なのでしょう。

わたしには小林カツ代さんがゐる料理書を開けばそこにゐる

「わたしには小林カツ代さんがゐる」こう言われて、嬉しくない料理家はいないでしょう。台所に立って困った時、「そこにゐる」という親しみやすさは、まさに小林カツ代さんのおおらかさをうまくデッサンしています。女性の料理の歌は「厨歌」と呼ばれ、長い時間、家庭で自分の部屋を持ちづらかった妻の内省の歌として歌い継がれてきました。しかし、主体はその厨にすら人を招き入れます。一人で料理することにも、誰かの力が関わっていること。その人とのつながりを感じなければこの歌は生まれないといえます。