黒柳徹子と『縮図』 1967年(提供/東宝演劇部)

客席の人と喧嘩しちゃいけません

『縮図』という舞台に二人で出ていたとき、森さんが演じた東北の芸者が、恋に破れて雪の中で寝転がって泣いているんです。それで私が「なしてそんなとこで寝てんだい?」と言ったら、客席にいた女の子が「寝てんじゃないわよ」って言ったんです。「私だって知っています、知ってて演じています」と言おうと思ったけど、東宝の人も観てるかもしれないと思って言わなかったのですが、森さんが「徹子ちゃん、東宝の人が見てようと見てまいと、客席の人と喧嘩しちゃいけません」って。

当時、私はタクシーで劇場に通っていたんですね。そうしたらある日、タクシーがぶつかっちゃったかなんかで遅くなって私が楽屋入りしないまま、『縮図』の幕が開いてしまうわけです。私は本当にギリギリで、自分の出番に間に合わないくらいになっちゃったんです。死に物狂いで走って、芸者さんの役だったので、顔白く塗って唇塗ってカツラかぶって、何とか出番には間に合いました。裏で私のバタバタと入ってくる音がして、舞台上の森さんたちはおかしくて笑いを堪えていたそうです。共演の方からは「いつも30分も40分もかけてるのと、今日1分くらいでやったのと、全然変わらないじゃないか」って言われました。

森さん自身はキリッとしていて、面白いことはなさらない方だったんですけど、誰かがそんなおかしなことをしたという時は森さんがもう言いようもないくらい笑ってね。

『森光子 百歳の放浪記』川良浩和・著、中公新書ラクレ

二人で舞台裏に引っ込んで、また出るので、セットの後ろに一緒に隠れているときに「あー寒い」って私が言ったら、森さんが「あー暑い」って、同時にね。「あー」って言ったから、「何て言おうと思ったの?」って聞いたら「暑いって言おうと思った」っていうから「やだ私、寒いって言おうと思った」って、二人で後ろで笑っちゃいました。森さんはあんなに小さいのに暑がりだったのね。私が寒いって言ってるのに扇風機が回り続けていました。

今となると、何でもが思い出です。毎日ほとんど笑って暮らしてましたね、あの頃は。