昭和19年か、20年頃の古関裕而(写真提供:古関裕而の長男、古関正裕さん)
NHK連続テレビ小説『エール』で、窪田正孝さんが演じる主人公・古山裕一のモデルは、名作曲家・古関裕而(こせきゆうじ)だ。ドラマでは、皆の心に傷跡を残し戦争が終わった。古山は音楽で人を戦争に駆り立てたと後悔の念にさいなまれ……。遺族にも取材して古関の評伝を書いた刑部芳則さん(日本大学准教授)によると、戦中の活躍は古関に矛盾する想いを抱えさせる結果になったという。

※本稿は、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)の一部を、再編集したものです

悲壮感が上回る「嗚呼神風特別攻撃隊」

レイテ沖海戦では神風特別攻撃隊が初めて出撃した。昭和19年10月29日の夜、古関が作曲した「嗚呼神風特別攻撃隊」が「軍国歌謡」で放送された。これ以降、この歌も連日のようにラジオの各種音楽番組から流れた。

『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)※電子版もあり

出撃に際して二度と還らない命、それを見送る残された者たち。壮絶な別れの場面に明るい曲など書けなかったのだろう。短調で胸に迫るが、わずかに長調の兆しが聞かれ、全体がひきしまっている。古関ならではの勇ましさがあるが、それよりも悲壮感が上回っている。

コロムビア所蔵の「レコードレーベルファイル」によれば、「嗚呼神風特別攻撃隊」は、昭和40年代の懐メロブームによって再吹き込みされるまでレコード化されなかったようである。

その真相ははっきりしないが、音楽雑誌の分野では「嗚呼神風特別攻撃隊」を否定していなかったことはたしかである。昭和18年10月の雑誌統制により、音楽雑誌は『音楽文化』と『音楽知識』の二誌に限られた。

『音楽文化』昭和20年1月号では、「決戦歌曲」を23曲挙げている。古関の楽曲は、「ラバウル海軍航空隊」「若鷲の歌」「突撃喇叭鳴り渡る」「愛国の花」「暁に祈る」「嗚呼神風特別攻撃隊」「フィリピン沖の決戦」「台湾沖の凱歌」の八曲が挙がっており、作曲家のなかで一番多かった。

同年同月号の『音楽知識』では「決戦ハーモニカ音楽特輯」として26曲を取り上げている。ここでも古関の楽曲は、「嗚呼神風特別攻撃隊」「フィリピン沖の決戦」「露営の歌」「暁に祈る」「愛国の花」「若鷲の歌」「ラバウル海軍航空隊」の7曲と一番多い。
ここに挙がっている古関の戦時歌謡は、戦争末期に音楽の専門誌の世界において奨励されていた。

古関が作る楽曲は、大衆、音楽業界、政府や軍部と、それぞれの分野から支持されていた。