NHK連続テレビ小説『エール』で、窪田正孝さんが演じる主人公・古山裕一のモデルは、名作曲家・古関裕而(こせきゆうじ)だ。ドラマでは、北村有起哉演じる池田二郎(モデルは劇作家・菊田一夫)の説得を受け、ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌を作曲する古山の姿が描かれた。遺族にも取材して古関の評伝を書いた刑部芳則さん(日本大学准教授)によると、戦後、菊田一夫が古関に依頼した最初のラジオドラマは「鐘が鳴る丘」ではないという。
※本稿は、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)の一部を、再編集したものです
※本稿は、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)の一部を、再編集したものです
「神経質そうに見受けられたが、話してみると…」
昭和20年9月22日に民間情報教育局(CIE)が設置され、新聞、雑誌、ラジオ、映画、演劇など、文化や教育に関して広範囲にわたる諸改革の指導および監督を行った。JOAK(NHKの前身である東京放送局)の放送は、CIEの検閲を受けることを余儀なくされた。
さて、戦後の古関の人生を語るときに忘れてはならないのが、劇作家菊田一夫(きくた・かずお)の存在である。
古関と菊田の出会いは、日中戦争が始まり「露営の歌」が大ヒットした昭和12年に遡る。菊田は、人気喜劇俳優の古川ロッパ(緑波)が率いる一座の作家を務めており、ロッパが出演するラジオドラマ「当世五人男」(原作・村上浪六)の脚色および演出をしていた。
そこでJOAKから古関に放送劇の軽音楽を担当して欲しいと依頼がきた。古関は、初めて見たときの菊田の印象を、「小柄で、鼻下に髯をたくわえ、ちょっと神経質そうに見受けられたが、話してみると案外に優しく、私と同じように少々どもる癖があるので、一層親しみを感じ」たという。
ラジオドラマ初体験の古関は、登場人物に合わせて編曲を繰り返したり、限られた楽器編成のオーケストラに編曲するのに苦労した。だが、苦労の甲斐があり、古関の音楽は菊田に気に入られた。
その後には、菊田が脚色および演出した「思い出の記」(原作・徳富蘆花)、菊田の脚本による「八軒長屋」などの軽音楽を担当した。戦争が激しくなって菊田が岩手県に疎開したため、一緒に仕事することがなくなっていた。