長い我慢を強いられ続けた表現者のパワーたるや

『お嬢さん乾杯』を観た後、私はなぜか急に『サザエさん』が読みたくなって、本棚の奥から第1巻を久々に取り出した。福岡県の地方新聞で連載が始まったのが、昭和21年4月22日、終戦からわずか8ヵ月後のことだ。そこに突然現れた陽気なサザエさんは、戦後の混乱などまったくおかまいなしだ。ほかの登場人物も皆飄々と前向きで、戦時利得者やMP(進駐軍憲兵)といった問題へのウィットも潔い。

私は改めて、長谷川町子という漫画家に多大なる敬意を感じると同時に、人類がつらさと直面している最中の、エンターテインメントのあり方を深く考えさせられた。なにせ、戦後の人々を元気にする特効薬として生み出されてきた映画の多くは、今でも傑作として世界中から高く評価されているのである。長い我慢を強いられ続けた表現者のパワーは満遍なく昇華していたのだ。

そう言えば映画『テルマエ・ロマエ』のクランクインは、ちょうど東日本大震災の発生直後だった。スタッフも俳優陣も「自分たちにできるのは、今の日本が元気になれる作品をつくることだ」という士気に溢れていたのを思い出す。

古代から人間にとってのエンタメは、食料と同じくらい、苦境に置かれた人間が生き延びていくために必要不可欠な栄養素だったし、今もそれは変わらない。とりあえず、前向きになりたいと思ったら、小津安二郎や木下惠介作品、そして『サザエさん』を読んでみることをお薦めしたい。