地方の風景のなかに描く人間模様
「私たちは自転しながら公転する地球の上に乗って、生活しているんだな」──知り合いが何気なく発した言葉からヒントを得て、この小説が生まれました。地球は、ものすごい勢いで自転しながら太陽のまわりを回っています。しかも、ただ円を描くのではなく、スパイラル状に宇宙を駆け抜けている。
そうやって俯瞰すると、私たちの悩みなんてちっぽけに思えてきますよね。いえ、そう思わないとやっていられないのかも(笑)。仕事、恋愛、介護、職場の人間関係。日々の営みの目まぐるしさにぐるぐる悩む32歳の女性を、自転公転する地球に重ねて描きました。
主人公の都(みやこ)は、更年期障害の母親を助けるため、2年前に東京から茨城県の実家に戻ってきました。現在はアウトレットモールで洋服の販売員として働いています。そんな彼女が出会ったのが、同じモールの回転寿司店で働く元ヤンキーの貫一(かんいち)です。おしゃれにお金を費やす都とは対照的に、彼はお金がなくても充ち足りている人。他人のために、自分の時間とお金を差し出せるタイプです。
そんなふたりが付き合い始めたものの、都は経済的に不安定な貫一と結婚したいのか、自分の気持ちがわかりません。そもそもふたりをつなぐのが、恋なのかもわからない。互いに足りない部分を補い合い、本人たちも自覚しないまま吸い寄せられていく関係を描こうと思いました。明治時代のベストセラー『金色夜叉』と同じお金がらみの恋愛小説なので、「貫一お宮」からふたりの名前をとっています。
バブルの頃、恋愛や結婚はトレンディドラマのように華やかなイメージでした。でも今や景気は悪化し、生存戦略として誰かと連帯しなければ生きていけない時代です。しかも、何もかもが自己責任という風潮があるので、病気になろうと子どもを産もうと周囲に助けを求められません。若い世代は、重たい荷物を背負わされているなと感じます。
となれば結婚も、愛だの恋だの言っていられず、ひとつの会社を作るような感覚になるでしょう。社員を入れ替えるように、連帯する相手も替えがきく。そう悟ったうえで、都は人生をともにするパートナーを選びます。現実のシビアさを描きつつ、エンタテインメントとして楽しめるよう、少女マンガみたいにうっとりするようなシーンも用意しました。
作中には、都の母親・桃枝(ももえ)の視点も取り入れています。更年期障害に苦しんでいた桃枝ですが、夫の入院を機に生活を見つめ直し、家を手放すことを決意します。年を重ねてから不動産を処分したり、生活をダウンサイジングしたりする方、多いですよね。私も10年ほど前に長野県に拠点を移しましたが、年を取ってから行動を起こすのは多大なエネルギーが必要。大きく方向転換するなら、できれば60歳手前がいいなというのは実感です。
都と桃枝、ほかにも必死に自転公転している登場人物たちの誰かしらには、感情移入できる点があるのではないでしょうか。実はこれまで私は、読者に共感してもらおうと思ったことがありませんでした。共感できないものがあるのが小説、もっと自由であってほしい。共感ばかり求める風潮に腹を立てていたほどです。でも逆に言えば、それだけ共感性に囚われていたのかも。
そこで今回は「共感、受けて立とう」という思いで書きました。単行本化にあたってプロローグとエピローグを加筆し、ちょっとした仕掛けも作ったので、楽しんでいただけたら幸いです。