「英国に限らず欧州の人は、成熟していると思う。コロナ禍で営業する店に「開けるな」と貼り紙を貼って回った日本の「自粛警察」は、英国にはありません。」(写真提供:筑摩書房)
2019年に刊行された話題書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。黄色い表紙を目にした人は多いだろう。同書で多くの賞を受賞し、注目される書き手ブレイディみかこさんは、若い頃から数えきれない数の仕事に携わり、一貫して《労働者階級》を書き続けてきた。作品を入り口にこれまでの人生と仕事を振り返ってもらうと──(構成=島崎今日子)

おっさんにも女にも一人一人の人生がある

英国に移住して25年、「地べた」の視線で格差社会を照射するブレイディさんの新刊は、『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』。ダンプの運転手をするブレイディさんの夫の友人たち、英国の労働者階級の中高年男性を活写した一冊だ。今、なぜ、おっさんなのか。


おっさん、嫌いですか(笑)?

英国では、新型コロナウイルス以前はEU離脱が一番の問題だったんですが、労働者階級のおっさんたちの多くは離脱賛成派だった。彼らは排他主義者と呼ばれていて、諸悪の根源と見られています。それって、今の時代を生きる女性の大方の意見でもあるのでしょう。

でも、「女性はすぐにヒステリックになる」とか、ひとつの箱の中に閉じ込めて「女性」とラベルを貼られてきたことに対して、フェミニストは「私たち一人一人は違う」と訴えてきたわけじゃないですか。なのに今、おっさんたちを「人種差別者でセクシスト(性差別者)」「PC(ポリティカル・コレクトネス=政治的正当性)がわからない」と一括りにして決めつけている。おっさんも一人一人違うし、それぞれの人生があり、生きてきた時代の流れがあって今に辿り着いているのにね。

糾弾し合っても何も解決しないということは、英国にいてEU離脱を経験して身に沁みています。離脱派と残留派が3年半も石をぶつけ合って対話しなかったせいで、最悪の結果を招いた。それは、エンパシー(他者への想像力)を使って互いをわかろうとせず、譲歩しなかったから。そんな大人げない争いを「大人ってなんでああなの?」と醒めた目で見ている息子の世代を書いたのが、前作の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でした。

『ぼくは~』と『ワイルドサイド~』は出版時期がズレましたが、ほぼ同時並行で書きました。多人種の集まる中学で息子がアイデンティティの問題で悩んでいたときに、おっさんたちは失業とか女が逃げたとか、現実的なことで悩んでいる。両者の間には半世紀の差があって、キラキラした目の少年たちが50年後にはこうなるのかと思うと、英国の近代史を見てるようで、面白かったです。