右から、伊藤久男、古関裕而(写真提供:古関正裕さん)

「こんな難しい歌は売れっこありませんよ」

音楽学校でクラシックを学んだ伊藤は、レコード吹き込みを完璧にこなした。このときの歌唱力について古関は、「彼の表情(ママ)は作曲者が考えてた時よりも、更にすぐれており、その時の表現は、歌謡曲的よりも、むしろ芸術的に高まっていた」と感心している。

「イヨマンテの夜」は昭和25年1月に発売されたが、コロムビアの文芸部長伊藤正憲から「こんな難しい歌は売れっこありませんよ」といわれ、ほとんど宣伝してもらえなかった。しかし、伊藤は「私の勘は大抵はずれることがないのだが、あればかりはわからなかった。完全にシャッポを脱いだ」と後年に述べている。

その後、この歌を気に入っていた伊藤久男がラジオや舞台でよく歌ったため、人気に火がついた。昭和21年1月にNHKで始まった「のど自慢素人音楽会」(翌22年に「のど自慢素人演芸会」と改称)では、難曲にもかかわらず、挑戦する者が少なくなかった。

 

大人向けのメロドラマ「君の名は」

菊田と古関のコンビで「鐘の鳴る丘」「さくらんぼ大将」と子供向けの番組をヒットさせたが、それらの後には大人向けのメロドラマを作ることとなった。それが戦前の「愛染かつら」に対し、戦後の「君の名は」といわれた傑作である。

「君の名は」は、昭和27年4月10日から同29年4月8日まで、毎週木曜日の午後8時30分から午後9時までの30分放送された。古関は、この番組用に約500曲を作曲している。同名主題歌は、古関の意向で、妻金子の友人である高柳二葉(たかやなぎ・ふたば)が歌った。高柳は、藤原歌劇団に所属し、東洋音楽学校本科声学科講師であった。

ラジオドラマ『さくらんぼ大将』の頃。左から、古関裕而、さくらんぼ大将、夏川静江、菊田一夫、古川ロッパ(写真提供:古関正裕さん)
古関夫妻の長男・古関正裕さんの著書『君はるか 古関裕而と金子の恋』集英社インターナショナル