古関裕而・金子夫妻、長男の正裕さん。1961年頃(写真提供:古関正裕さん)
NHK連続テレビ小説『エール』で、窪田正孝さんが演じる主人公・古山裕一のモデルは、名作曲家・古関裕而(こせきゆうじ)だ。今週は、娘・華と宮沢氷魚演じる入院患者の恋模様を主旋律にしつつ、裕一の様々な分野での活躍が描かれた。北村有起哉さん演じる池田二郎(モデルは菊田一夫)とのタッグもラジオドラマから舞台の世界に移る。古関の評伝を書いた刑部芳則さん(日本大学准教授)によれば、古関が菊田に言い返したことがあったようでーー。「イヨマンテの夜」「君の名は」の誕生秘話と併せて、当時を振り返る

※本稿は、評伝『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)の一部を、再編集したものです

伊藤久男の採譜から生まれた「イヨマンテの夜」

古関と菊田一夫とのタッグで大ヒットしたラジオドラマ「鐘の鳴る丘」(昭和22〔1947〕年7月開始)。その物語の中で、奥多摩の山奥で木材を切る杣人(そまびと)が歌を口ずさみながら少年院の前を通る場面があり、伊藤久男(山崎育三郎演じる佐藤久志のモデル)が豪快に「アア……」とハミングで歌った。杣人が登場する場面は五日くらいであったが、古関と菊田一夫はこのままにするのを惜しいと感じた。

だが、伊藤によれば、「鐘の鳴る丘の北海道編で、古関さんが即興的にハモンドオルガンで流したんですよ。ちょうどたまたま私ラジオを聴いておりまして、この曲はいけるというんで、すぐに譜を採りまして、それで二三日して古関さんに見せたところが、二三日前に自分で即興で流した曲ね忘れてんのよ。いい曲だねこれ誰の曲」という調子であったという(「第24回輝く日本レコード大賞」1982年)。

『古関裕而 流行作曲家と激動の昭和』(刑部芳則・著/中公新書)※電子版もあり

このように語る席の隣には古関がおり、嘘をついているとは思えない。となれば、古関が即興で弾いた曲を伊藤が採譜し、それが杣人の歌になったと考えるのが自然のようだ。ラジオを聴いていた伊藤が書き残していなければ、「イヨマンテの夜」は別のメロディーになっていたかもしれない。菊田のラジオドラマ「黒百合夫人」というアイヌ関係の音楽を担当していたこともあり、古関は杣人の歌をアイヌの歌にアレンジすることにした。

NHK資料室長小川昴に熊祭りなどの儀式に使うアイヌ語を調べてもらい、「カムイ・ホプニナ・ア・ホイ・ヨー」を選んだ。これに合わせて冒頭も「アーホイヨーアー」とした。

この作曲について古関は、「難しいことも第一級で、リズムが十六分音符と八分音符の二拍子系なのに、メロディーには三連音符が多く現れる二対三の変則的なリズムをいかに歌いこなすかが問題で、作曲にその面白みをねらってある」と述べている。アイヌ音楽が念頭に置かれたためか、独特な拍節やリズム感があらわれている。