作家の島本理生さん(撮影◎帆刈一哉)
2017年に始まった連載では、亡き母親のワインバーを引き継ぐことになった女性の姿を、オリンピックに向けて変わっていく東京の街の中に描いた島本理生さん。しかし、書籍化に向けて準備を始める頃からコロナ感染が広がり始め、オリンピックは延期に。思いもよらぬ事態となった今、改めて島本さんがこの作品に込めた思いとは

「2020年」とタイトルに入れたのは

『婦人公論』に連載した『2020年の恋人たち』は、32歳の葵という女性が、交通事故で亡くなった母親の営んでいたワインバーを引き継ぐお話です。

葵には港という同棲中の恋人がいるのですが、彼は部屋に引きこもって外に出ようとしません。いっぽう、新しい世界へ踏み出した葵は、店の仕事を通じて魅力的な男性たちと知り合っていきます。求人の貼り紙を見て応募してきた松尾とは、仕事のパートナーに。葵は資産家の愛人だった母にわだかまりを持っていたものの、自らも既婚者の瀬名に惹かれてしまう。そして近所の店に勤める料理人も登場。恋仲になりそうでならなかったり、ちょっとしたことで進展したりと、葵の恋はさまざまな展開をみせます。

2017年に連載を始めた当初は、主人公が母親を亡くしたことで、その影響の大きさに気づき、自分が本当に好きなものや生き方を探す1年間を描くつもりでした。「2020年」とタイトルに入れたのは、オリンピックに向けて変わっていく東京の姿を小説の中にとどめたいという気持ちからです。葵が営むワインバーを、国立競技場に近い千駄ヶ谷に設定したのも、そのためでした。

でも、連載が完結して本にするために手を入れている頃、新型コロナウイルスの感染が広がり、オリンピックも延期になりましたし、どうしようか......と。20年に飲食店の話を書くうえで、コロナ禍に触れないわけにはいきません。春先から飲食店にとっては厳しい状況が続きましたが、それでも希望をこめたい、とラストを連載時から大きく変更しました。