「時代に後押しされなければ、ヒット曲は生まれません。その意味において私たちはいい時代を駆け抜けてきた、といえそうです」(酒井さん)撮影:本社写真部

筒美京平さんと作り上げてきたヒット曲

そのいっぽうで、20年の10月7日には筒美京平さんがお亡くなりになるという、悲しい出来事もありました。筒美さんは歌謡曲に洋楽の匂いをもたらした人。いわばJ-POPの元祖であり、長年活躍を続けてこられた作曲家です。筒美さんが作曲し、いしだあゆみさんが歌った「ブルー・ライト・ヨコハマ」を聴いて、「なんて斬新なんだ」と衝撃を受けた日のことは今でも覚えています。

その後、南沙織さんのデビュー曲「17才」を依頼したのを皮切りに、郷ひろみさんの「よろしく哀愁」、ジュディ・オングさんの「魅せられて」など数多くのヒット作でご一緒させていただきました。大いに話し合い、練り上げた作品ばかりです。

私はイメージを伝えることから入るのですが、それをアーティストと共有するのは至難の業で、筒美さんともよく揉めましたよ(笑)。でも、それでいいのです。いい作品は、関わる人の熱意と熱意がぶつかって、火花を散らした末にようやく誕生するのが常ですから。

筒美さんのいない歌謡界は寂しいですが、彼の手掛けた名曲は、時代を超えて歌い継がれていくことでしょう。筒美さんは「ああ、面白い人生だった」と満足して旅立ったと私は思っています。時代に後押しされなければ、ヒット曲は生まれません。その意味において私たちはいい時代を駆け抜けてきた、といえそうです。

改めて振り返ると、昭和の時代はまぶしくて……。携帯電話もインターネットもなく、それだけに人と人とのつながりが深い時代でした。「よろしく哀愁」は、会えない時間が愛を育てると歌っていますが、あれもひとつの真理でしょう。

インスタントに始まる交際は、インスタントに消えていく。技術の進化は素晴らしいことですが、いっぽうで情を重ねていく実感が希薄になってしまったのも事実だと思います。

近頃は平成生まれの若い世代にも昭和歌謡が人気だということですが、当然といえば当然かもしれませんね。喜びや別れの悲しみといった普遍的なテーマを扱い、作詞、作曲、編曲などその道のスペシャリストが力を結集して丁寧に創られた名曲の数々は、時代を超えて心に染みてくる。昭和歌謡とは、「日本人の心」そのものですから。