「死んだ人は、しばらく近くにおる」
通夜と葬儀のあと、兄や姉は日常に戻り、私が残って母と5日間ほど過ごすことになった。父が春に終活の話を披露した仏間に、祭壇が小さく整えられている。遺影は私の結婚式の時のモーニング姿。淡い彩りの灯籠が、ゆっくりと回りながらあたりを照らしている。
父が寂しくないように、母と仏間で食事をすることにした。すると、いつ入ってきたのかわからないバッタが1匹、仏間にいることに気づいた。
父がいつも座っていた、床の間を背にした場所。しばらくそこでじっとしている。私や母が近づいても、飛び去るような気配もない。
私は、小学生の頃見送った祖母のことを思い出した。祖母の位牌に小さなクワガタがひっついて離れないので、このままでいいものかと父に問うと、こう言ったのだ。
「死んだ人は、しばらく近くにおる。小さい生き物の姿になって、そばにおるがよ。だから、そっとしといてやらんといけん。気が済んだら、いつの間にかおらんようになるけん、大事にしてやらんといけんがよ」
祖父が亡くなった時には、雨蛙がお供え物の上で長いことじっとしていた。気性の激しかった祖母がクワガタ、穏やかな性格だった祖父が雨蛙というのが印象的でよく覚えている。
父の言った通り、どちらもいつの間にかいなくなっていた。父は今、バッタに姿を変えてここにいるのだろうか。「このバッタ、お父さんかもしれんよ」と母に言うと、「そうかもわからんねえ」と何度も頷いた。二人で、「気の済むまでおってええよ」とバッタに話しかけた。