着物は自由だし、楽しく着たらいい
過去パートに出てくる「エス」の話は、ご年配の方にはちょっと懐かしいのではないでしょうか。物語の舞台は、ちょうど川端康成さんと中里恒子さん作で中原淳一さんが挿絵を描いた少女小説『乙女の港』の頃。私はあのくらいの時代の雰囲気が好きで、ほのかな憧れがあります。
ミッションスクールのお嬢様方が使う「よくってよ」とか「きっとよ」といった言葉遣いが素敵だなと思っていたので、作品でも使っています。今の時代だったら「絶対!」とか言うところを「きっとよ」っていいなぁ、と思って。ぜひ作品の中で生かしたいと思いました。
現代パートでは、夫と別居している美佐は谷中にアパートを借りて住んでいます。谷中は着物が似合う町ですし、けっこう着物で散策している若い人も多いですね。好きな街のひとつです。
最近は、若い方たちが自由な発想で着物を着ているので、かわいいなと思います。わざとちょっと丈を短く着てスニーカーと合わせたり、袴替わりにスカートと合わせたり。着物は自由だし、楽しく着たらいいと思います。
そんなわけで、『花は散っても』には、谷崎的な雰囲気と、エスの世界、アンティーク着物など若い頃から私が偏愛しているものがすべて込められています。いわば坂井希久子という人間の内面が凝縮されているといっても過言ではありません。
自分の好きなものが作品に込められるという意味では、作家というのはなんと幸せな仕事だろう。『花は散っても』を書き終えて、つくづくそう思いました。