母を呼び戻したのは偶然か必然か

体を動かすと、左足に空間ができている。私は少しずつ体をずらしてようやく布団から脱出し、すぐに母を呼びました。寒いなかパジャマ姿で立ちすくんでいた母は、私の姿を見ると狐につままれたような顔に。

母と抱き合った瞬間、生きていることを本当に感謝しました。母に「とりあえず家を出よう」と促し、父の遺影と貴重品を持って、私たちは外に飛び出したのです。

母は、揺れを感じてすぐに私の名前を呼んだとのこと。しかし、返事がない。タンスが倒れてきたが、一人でそれを押しのけ、私の部屋へとやってきた。テレビをどかそうとしても、少しずつしか動かせない。

荷物などを頑張ってどけて、ようやく私の体に触れることができた。しかし、揺すっても叩いても私は応じない。そこでベランダに出て、助けを求めたようです。

もし前の晩、母に帰るよう促していなかったら──。おそらく母は、いつものように朝まで店のカウンターで寝ていたことでしょう。母がいたその店は、地震で倒壊したとのこと。偶然か必然か私が母を呼び寄せ、そしてその母が私を救ってくれたのです。

20年後、母と須磨寺にお参りに出かけた際、ふと受付に目をやると、あの時に見たお坊さんの絵が飾られていました。須磨寺には何度も来ているのに、この絵の存在は知らなかった。私は絵に向かって手を合わせ、「ありがとうございます」と一礼しました。

父が亡くなって以降、初めて感じた母の大きな愛がただただ嬉しくて、あの日から、私は今を一生懸命生きるようになりました。


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