何の打ち合わせもなく演奏が始まりました。みんなが勝手に吹きまくるだけです。ぼくは人より大きい音を出そうと、必死で吹いていました。インプロヴィゼーション(即興演奏)と言えば聞こえはいいのですが、ただの騒音にしか聴こえない人がほとんどだったと思います。後日、ライブに来てくれた人と偶然出会った時、「あの時はひどい目に合いましたよ」と言われました。(当時のハンジョー・オールスターズの演奏は、高級藝術協会名で出ているLP『高級藝術宣言』で聴けます)

路上でも吹く(1985年ごろ)写真提供:末井さん

ポケットに忍ばすナイフのように

ただの騒音だったかもしれませんが、ぼくは人前でサックスを吹く快感が忘れられなくなりました。会社にサックスを持って行って編集部で吹きまくって嫌がられたり、新宿ゴールデン街の飲み屋にサックスを吹きながら入って行って、お客さんから「うるせぇ」と怒られたり、それでも懲りずに花園神社の境内で飲み屋のママさんや店のお客さんを集めて吹いていたら、警官が飛んで来て「音がうるさいと110番が入っているんだ。止めろ!」と怒られたりしながらも、懲りずに吹きまくっていたのでした。

ぼくにとってサックスを吹くことは、自分のなかのモヤモヤを吹き飛ばすことと、言葉にならない気持ちを吐き出すことでした。言葉にならないで泣いたり叫んだりしてしまうことを、サックスという楽器で表現しようとしていたのだと思います。だから音楽とは違うものかもしれませんが、音楽のなかにフリージャズというジャンルがあって、それは出鱈目に吹いても許されるので、フリージャズという皮を被ってやりたいようにやっていたのでした。

もともとぼくは対人恐怖症のようなところがあって、初対面の人と話すのが苦手でした。特に人前で話すことが苦痛で、何か話そうとすると脂汗が出たり声がうわずったりします。ところが、サックスがあると平気なのです。例えが違うかもしれませんが、気の弱い人がポケットに忍ばすナイフのようなものかもしれません(ナイフに比べるとかなり大きいですが)。