銀杏BOYZ武道館ライブの前座を務めるペーソス。一番右が末井昭さん(撮影:中嶌英雄)
編集者で作家、そしてサックスプレイヤー、複数の顔を持つ末井昭さんが、72歳の今、コロナ禍中で「死」について考える連載「100歳まで生きてどうするんですか?」。母、義母、父の死にざまを追った「母親は30歳、父親は71歳でろくでもない死に方をした」が話題になりました。第9回は、サックスとの出会い、そして「高齢者バンド」のお話です。

第8回●「素っ裸で町を走り、朝まで麻雀…〈心身の健康〉から最も遠かった男の現在」

「サックスって綺麗だね」

ぼくがテナーサックスを買ったのは、1982年3月31日だそうです。

「だそうです」と他人事みたいに書くのは、1985年当時のぼくが、エッセイでそう書いているからです。そうか、もう39年も前のことなのかと、改めて月日の流れの早さを感じます。ちなみにそのテナーサックスはセルマー(Henri Selmer Paris)製で、50万円ぐらいはしたと思います。その頃は給料も少なかったのに、よくそんな高い物を買ったものだと、1982年当時の自分を褒めてあげたい気持ちがあります。そのサックスのおかげで自分が変わって、生きて行くことが少し楽しくなったのですから。

事の始まりは、懇意にしている僧侶で劇作家の上杉清文さんからの電話でした。電話の向こうで上杉さんは、「末井くんさぁ、サックスって綺麗だね」と、突然サックスの魅力を語り始めました。どうも管楽器のカタログを見ているようです。「そうですか、綺麗ですかねー」と言うと上杉さんは、「末井くんには、バリトンサックスがいいね。このカタログだとセルマーで68万円だね。ぼくはテナーを買って、お互い交換して吹いたりするのもいいね」と、ぼくがサックスを買うことが織り込み済みかのようなことを言います。
それから数日後、新大久保にあるDACという管楽器専門店に、上杉さんと鈴木祐弘さん(僧侶で俳優)と、サックスを見に行きました。

管楽器専門店に入るのは初めてでした。ガラスケースにサックスやトランペットやトロンボーンやチューバやホルンが並んでいて、それがみんな金色に輝いていて眩いばかりでした。特にサックスは、ぼくが10代の頃に憧れていた石油コンビナートの配管を想起させるのでしばし見とれていたら、店長さんが「今出しますから」と言って、ケースを開けてテナーサックスを渡してくれたので、ちょっと吹いて見たくなりました。上杉さんもテナーを持って吹きたそうにしています。その気持ちを察したのか、店長さんが「吹いて見ますか?」と言って、マウスピースやリードを持って来ました。