倉田精二写真展。サックスで挨拶(写真提供:末井さん)

パーティーなどで挨拶を頼まれたりすることがありますが、そういう時は挨拶代わりにサックスを吹いていました。内気だった自分をサックスがちょっと大胆にしてくれて、そのことで人生が少し変わったと思うのです。

 

多摩川の土手で思いっきりデカイ音を

サックスを買った頃、小田急線の向ヶ丘遊園という所に住んでいました。多摩川が近いので、サックスを背負って、自転車で多摩川の土手に行って練習していました。練習と言っても大きい音でメチャクチャ吹くだけなので、なるべく人がいない所を選んでいました。小田急線の鉄橋の下は人が通らず、音の反響もいいので、そこでよく吹いていました。電車が鉄橋に差し掛かると、「よーし、電車とセッションだ!」と、電車のゴーッという音と一緒に、テンションを上げて思いっきりデカイ音で吹きまくりました。それが気持ちいいのです。

帰りが遅くなり、夜の12時を過ぎていても、サックスを吹きたくなって多摩川に行くことがありました。土手の上で吹くと近くの住民に迷惑が掛かるので、土手を下りて河原のほうに行きます。河原は照明もなく暗くて怖いので、怖さを吹き飛ばそうと、思いっきりデカイ音でバリバリブホブホとやり始めると、突然草むらから男女のカップルが飛び出して来て、心臓が止まりそうになるほど驚いたことがありました。ぼくも怖かったけど、向こうはもっと怖かったかもしれません。

ハンジョー・オールスターズはどうなったかと言うと、あちこちから出演依頼が来るようになりました。ハンジョー・オールスターズほど出鱈目なバンドはないと思うので、それを面白がってくれたのかもしれません。

ライブハウスからの依頼はなくて、神戸の兵庫県立近代美術館に呼ばれたり、カルチャー教室に呼ばれたり、学園祭に出たり、映画に出たり、バンドがあまり呼ばれない所からの注文がたくさんありました。しかし、やることは大きい音でムチャクチャ吹くことですから、だんだん飽きられたのか、やっているほうも飽きてきたのか、ハンジョー・オールスターズは1年ほどで自然消滅しました。

ぼくは、友達が始めたスキップバンドというリズム&ブルースのバンドにも参加していて、月に1回ぐらいでライブをしていました。多い時はメンバーが10人以上いたバンドで、歌の伴奏ですからムチャクチャ吹くということが出来なかったのですが、そのおかげで楽譜が少し読めるようになりました。

スキップバンドは2、3年続いたと思いますが、このバンドもみんな飽きてきたのか自然消滅しました。その後、ぼくはパチンコに夢中になり、サックスから遠ざかっていました。