「人生の最期をどんな形で終えるかに正解はない。それぞれの生があって死があるのだと、この役を演じたことで、あらためて噛みしめることになりました。」(吉永さん)

 主人公の咲和子を吉永さんが演じてくださると聞いたとき、ピッタリだと感じました。というのも、咲和子は大学病院の救命救急医から地方の小さな診療所に勤務する在宅診療医に転じ、それまでの自分の常識を修正したり捨てたりしながら、医師として成長していく。新しい分野に柔軟に挑んでいく姿が、これまで幅広く活躍してこられた吉永さんの生き方とリンクしているな、と。

吉永 スクリーンの中で医師らしく見えるよう、本来ならば、病院にうかがって研修を受ける予定でした。それがコロナのせいで部外者は立ち入り禁止になってしまったので、救命救急センターの先生や在宅医療の先生が何度も撮影所まで足を運んでくださり、血圧計の扱い方や注射の仕方などを教えてくださった。在宅医療の先生には看取りの仕方も教えていただき、本当にありがたかったです。

 私も内科医として高齢者医療に携わっているのですが、高齢者医療というのは非常に迷いの多い医療なんです。「何がなんでも命を救う!」という攻めの医療ではない。ここは少し手を引いて様子をみた方がこの患者さんは長生きできそう、苦しみが少ない、などの場合、あえて積極的な治療を行わないこともあります。

でも、そうした微妙なさじ加減は教科書には書かれていないので、「本当にこれでいいのだろうか?」と、医師たちの心の中にも常にせめぎあいがある。その迷いを、吉永さんは切実に演じてくださいました。

吉永 いえいえ、正直な話、ラストシーンは、自分でも迷いながら演じていたんです。病による壮絶な痛みに苦しみ、「死なせてくれ」と懇願する父に対して、医師であり娘である自分はどういう判断を下したらいいのかわからなくて。

でも、だったら、「わからない」という気持ちを表現するしかない、と。人生の最期をどんな形で終えるかに正解はない。それぞれの生があって死があるのだと、この役を演じたことで、あらためて噛みしめることになりました。

 今、吉永さんがおっしゃったことが、まさに私が訴えたかったことなんです。最期のときに、どうしたらそれぞれの患者さんが望んでいる形で見送ることができるのか、読者と一緒に考えたいという思いでこの小説を書いたので。