「たとえ100歳を超えていても、いざそのときが訪れると、家族の方は、『まさか自分の親が死ぬとは思わなかった』と、うろたえてしまう。」(南さん)

乳がんの治療をしなかった母の最期

吉永 映画の中でも、咲和子はそれぞれの患者さんの希望を受け止めて、看取るというより、人生の最期に寄り添っていく。そういう姿勢が大事なのだとみなさんに感じてもらえたら嬉しい、と思いながら演じていました。

 私が勤務している高齢者医療中心の病院では、患者さんの平均年齢が90歳くらい。病院で最期を迎える方が多いんです。でも、たとえ100歳を超えていても、いざそのときが訪れると、家族の方は、「まさか自分の親が死ぬとは思わなかった」と、うろたえてしまう。

その結果、苦しめるだけの延命治療を行うことになったり、後々、悔いが残るような最期になったりすることもある。そうならないように、自分が望む幸せな人生のエンディングを考えてみませんか、と訴えたかったんですね。

吉永 そういう意味では、90歳で他界したうちの母は、とても自分らしい最期だったと言えるかもしれません。母は86歳のときに乳がんが見つかったのですが、治療はいっさいしないと言い張って、自宅で一人暮らしをしていたんです。

 通院もしておられなかった?

吉永 ええ、ちょっとしたケアを訪問看護師さんにお願いしていた程度で。で、そのまま4年間は普通に過ごしていました。ところが90歳のお祝いをした後に、がんが皮膚をつきやぶって出てきてしまい、どんどん体調が悪くなっていって。

「このまま自宅で亡くなると、診察の履歴がないので警察が調べに来ますよ」と、訪問診療に来てくださった先生に言われて、「じゃあ、あなたたちに迷惑がかからないように病院に入ってあげる」と、最後の2週間だけ入院したんです。

 気丈な方だったんですね。

吉永 まさに肝っ玉おっかぁでした。入院後、病室にお刺身を持っていったら、「お酒はないの?」って(笑)。仕方なく、病院の近くの自動販売機でカップのお酒を買っていったら、「ああ、美味しい」って。その2日後に他界しました。

 素晴らしい最期でしたね。お母様もさぞ幸せだったと思います。

吉永 それがベストな形だったかどうかはわかりませんが、入院する前の1ヵ月間は、私たち三姉妹が毎日交代で母の家に泊まり込んで一緒に過ごす時間もあったので、それなりに良かったのかなと。