甲斐さんのスケッチ画(『あしなが蜂と暮らした夏』より)

自然を知識としてでなく、心で伝えたい

ーー42歳の時に初めて描いた『ざっそう』を皮切りに、甲斐さんは自然科学絵本の執筆に取り組み始める。その執筆スタイルは、観察すると決めた対象と、とことん付き合うというもの。

ーー草や虫たちを愛情込めて「連中(れんじゅう)」と呼ぶ甲斐さんは、時にあしなが蜂やこがねぐもと共同生活を送りながらその生態をつぶさに見て描く。野の草の生き方を知るために、借りた空き地の雑草を5年間、毎日欠かさず観察したことも。すべては描く対象を深く知るためだ。


私が手がけてきたのは、絵本と言っても、自然をテーマとした「自然科学絵本」と呼ばれるものです。子どもたちの心を自然に向けたい、自然の深さを頭ではなく、体で知ってほしいと願ってきました。

絵本の作り手としては、私が自然から受けた驚きや感動を、絵と言葉で伝えることを大切にしてきました。描いているのは生態に忠実な自然科学絵本なんですけど、私は自然を知識としてでなく、心で伝えたいのです。

だから対象と向き合う前に、本や資料は決して読みません。知識としてわかってしまうと、驚きがなくなってしまうんですよ。あれは怖い。もちろん最初はわからないことだらけ。でもわからないことをわかろうとするのが魅力でしょう。

『こがねぐも』を描いた時は、監修の八木沼健夫先生に「(わからないことは)くもに訊いてください」って言われましたけど。それは本当でしたね。根気よく付き合っていると、ある日、連中のほうから自分を《見せて》くれる。

5年ほど前までは、毎日のように外へ出て、自然の中にいました。田んぼや畑の畦道、小さな川の土手などに新聞紙を敷いて何時間も座り込んだり、時には相手の背丈に目線をそろえて写生します。

だいたい朝起きて、今日は天気がいいなとなると、連中も朝早くから働き始めるから畑に行ってみよう。曇りの日はどうしているか気になるから、やっぱり行ってみる。すると曇った日は太陽の熱と光が少ないから、光合成できなくてあまり働けないんだなとわかる。

連中は何か新しいことをやってみようなどと考えることはないらしく、毎日太陽とともに動きます。太陽と自分とを別に見ているのは人間ぐらいじゃないかな? 連中と付き合っていると、こういうことを理屈ではなく体で感じられるのがうれしいんです。