甲斐さんのスケッチ画(『あしなが蜂と暮らした夏』より)

いえ、見えませんけど感じるんです

ーー甲斐さんは1930年、広島県の農村部に生まれた。姉と弟3人の5人きょうだい。家の外に広がっていた畑や田んぼが甲斐さんの原風景だ。病気がちであまり学校に通えず、おのずと身の回りの草や虫たちが遊び相手になったという。

ーー広島県立府中高等女学校3年の時に、東京から隣村に疎開していた西洋画家・童画家の清水良雄氏に油絵を習い始める。女学校卒業後も先生の自宅に通って絵を描き続けた。


まわりから美術学校進学を勧められるほど絵はうまかったらしいですけど、進学はしませんでした。努力して争って勝ち負けを決めるというのが、私は大嫌いなの。生来の怠け者なんです。

清水先生は、私が女学校3年生の時に夏期講習の講師としていらしたんですよ。絵を描いているとノッポの先生が足を止めて、「こんな色のバック(背景)ではないけど、あなたにはこう見えるんですか?」と聞かれました。「いえ、見えませんけど感じるんです」と言ったら、「ほう」と。非常に正直な絵だと褒めてくださった。

その後、清水先生に師事して本格的に絵を習い始めると、先生からは「対象には限りなく謙虚な心で向き合う」という姿勢を叩き込まれました。他人が何と言おうと、自分が感じること、自分に見えるものに忠実でなければならない。自分に嘘をついてはならないと教えてくださった。