正代に喝を入れた貴景勝
14日目の結びの一番で、私は「やったね!」とテレビに向かって叫んでしまった。貴景勝が3敗で遠藤と共に優勝争いに残ったことはもちろんだが、同じ大関の正代を「あんたなんか問題にしてないから」という感じで、すぐに突き落としてしまったからだ。
正代は13日目にカド番を脱出したが、相撲に迷っているのか、どこか悪いのか、さえた顔にならない。だから貴景勝が正代に喝を入れる勝ち方をしてよかった。
私は会社に勤めながら難病の父の介護と父の借金問題で奮闘し、さらに病気の兄と重度の認知症の母の介護を続け、その過労のせいもあり、退職後に入院したことがある。
病室は4人部屋でカーテンで仕切られていたのだが、隣のベッドの高齢の女性が夕方になると、「胸が苦しくなった」とか「ああ、具合が悪い」とか独り言を言う日があるのだ。入院中はちょうど大相撲開催時で、私はイヤホンをして寝ながら相撲をテレビ観戦していて、ある日気づいた。遠藤が負けると、彼女が声を発することを。その場所、遠藤は黒星が先行していた。カーテン越しに彼女に聞くと、その通りだった。
私は彼女に言った。「遠藤は相撲がうまくて、相撲の取り方が綺麗で『美相撲』ですよね。私が若い頃、テレビで解説していた親方が『相撲のうまい力士は相撲の下手な力士に負ける』と言っていましたよ」と。彼女は「相撲が下手な相手が悪いのね。いいことを聞いたわ」と喜び、次の日から遠藤が負けても、体調不良の独り言は聞こえなくなった。