イラスト:みずうちさとみ

脳トレよりスマホをいじってみる

加齢によって記憶力とともに記憶するスピードは遅くなり、複数のことを同時に行う能力も衰えていきます。でもそのときは、ひとつひとつの作業に集中し、ゆっくり落ち着いて行えばいいのです。80歳が50歳と同じスピードでこなすことはありません。

衰える機能を上げる訓練をしようとすると、できなかったときに落ち込みますが、衰えることが前提になれば、対処法をはじめさまざまな工夫が生まれます。それに、玄関に鍵をかけたか思い出せないときは、「思い出せない」と落ち込むのではなく、運動だと思って家まで戻ればいい。

戻る途中になにかいいことがあるかもしれません。重ねた年齢のぶん、物ごとをポジティブにとらえるのが上手になっているのも、なにげないことで幸福を感じることができるのも、高齢者の特徴のひとつです。

物忘れを防ぐ目的で脳トレに励む方がいますが、あまり意味がないトレーニングだと僕は考えています。認知機能が最も高い大学生ですら物忘れをするのですから。

いまはインターネットで、スマホやパソコンから簡単に情報を入手できる時代です。これは、外に巨大な「記憶」を持っているようなもの。「どうも使い方に自信がなくて……」という方がいる一方、コロナ禍でのコミュニケーションの方法として、思いがけずオンラインで家族や友人と連絡を取り合ってみた方もいたことでしょう。

試しに触れてみてさまざまな情報にアクセスしたり、好きなときに必要な人とコミュニケーションを取れるよう挑戦してみたりするほうが、脳トレに励むより、よほど記憶力の衰えをカバーできると思います。

本当に記憶力が衰えた人は、物忘れしたことも忘れていきます。「物忘れが多い」と嘆く人は、物忘れしたことを覚えているということですから、本質的に記憶に問題がない。むしろ「自分はまったく物忘れしない」と豪語している人のほうが心配です。

健康でいることは大切なこと。ですが、加齢にともなう認知機能の低下は誰にでも見られます。衰えを嘆くのではなく、老いを前向きに受け入れ、対処することが、幸福な老いにつながるのです。