パンとビールが人気のお店「タルマーリー」を手掛ける渡邉さん夫婦。新著『菌の声を聴け』では、「嘘をつかない」菌の声に耳を傾けるうちに見えてきたものが綴られているそうで――(構成=山田真理 撮影=Kyoko Kataoka)
菌の声に耳を傾けてみたら
私たち夫婦は「タルマーリー」という店で、「野生の菌」で発酵させるパンとクラフトビールをつくっています。8年前に出した本『田舎のパン屋が見つけた「腐る」経済』は、韓国や台湾、フランスでも翻訳されて反響を呼びました。当時岡山県にあった店は朝から大行列になる日もありましたが、モノづくりと子育ての環境を見直すために、6年前、鳥取県の智頭町に移転しました。その顛末を綴ったのが本書です。
タルマーリーの発酵の特徴は、空中に浮遊している野生の菌を使うこと。イーストのように人工的に純粋培養された菌ではなく、身の回りに棲む酵母や麹菌、乳酸菌を自家培養して発酵させるため、食感や味わいの違う個性的なパンが生まれます。ただ「野生」だけに、機嫌が悪ければ生地は膨らまないし、腐敗菌が増えてしまう。水や空気などの環境だけでなく、人間のストレスすら発酵に影響していると感じる場面があり、野生の菌は嘘をつきません。
採取したカビの味を確かめたり、文献を調べたり、試行錯誤の毎日。そのうちに、どうしたらパンづくりの重労働を楽にできるかが課題となり、ビール醸造への挑戦を機に、野生の菌の特性を活かした「タルマーリー式長時間低温発酵法」を発見しました。ビール醸造時に出るオリをパン酵母として使用したところ、労働がかなり楽になり、しかもおいしいパンができたのです。
現代に生きる私たちは、何か目的を定めると、そこに向かって一直線に進むのが当たり前と思いがち。でも野生の菌とつきあうと、「別の道もあるんじゃない?」と菌から提案してくる瞬間がある。その「声を聴く」、ちょっとクレイジーな人生の物語として楽しんでもらえたら嬉しいです。〈以上、格さん談〉