豊胸は生きるうえでのモチベーションだった
「38歳のときに豊胸手術を受けました。なんでそんなことをしたの?と思う人もいるでしょうね。でも私の場合、結構切実で……」
と語るのは、加藤明子さん(53歳・会社員)。子どもの頃から痩せていたという加藤さんだが、胸が小さいという意識はなかった。
やがて恋人ができ、24歳の時に職場で出会った別の男性と結婚。30歳で離婚を体験するも、胸が小さいことでつらい思いをしたことなど一度もなかったと振り返る。それなのになぜ?
「37歳のとき、たまたま受けた人間ドックで、子宮頸がんの疑いありと言われたんです。再検査の結果、すでにステージⅠb期へ進行していました」
ただちに卵巣摘出も含めた広汎子宮全摘出手術が行われた。手術は成功したが、以後、女性ホルモンの急激な減少によって、動悸、ホットフラッシュ、不眠など更年期障害と同じような不定愁訴に悩まされることになる。中でも鬱が深刻だった。
「被害妄想がひどくて、もう子どもは産めないんだとか、自分は女じゃないんだとか考えては泣いてばかりいました。ホルモンの影響か小さかった胸がさらにペッタンコになってしまい、こんなに色気のない身体で生きていても仕方がない、と思い詰めた時期もあります。豊胸手術は、そんな私をそばで見ていた母からの提案だったのです」
わきの下から生理食塩水バッグを入れることで、胸のサイズはAカップからEカップになった。費用は100万円。麻酔から目覚めた瞬間に手術による激痛地獄が始まったが、術後の胸を見て精神的に不安定な状態から一気に解放され、喜びのほうが大きかったという。そればかりか新しい服や下着がほしい、友だちにどんどん会って自分の変化を見てもらいたいと、気持ちが前向きになった。
「ただし、男性と友だち以上の関係になるのは難しくなってしまったかもしれません。見ただけでは気づかないかもしれませんが、生理食塩水バッグで豊胸をした場合、触れば弾力で整形とわかります。いざというときにドン引きされてしまうのではないかと思うと、怖くて臆病になってしまう。離婚を経験し新たな相手を求めていたのに、慎重になりすぎて、逃した恋もありました」
挿入した豊胸バッグが破裂してしまう可能性があるため、マンモグラフィによる乳がん検査はできないというリスクもある。これは早期発見のチャンスを逃すことにがるだけに深刻だ。さらに、ここへきて新たな問題も。
「50代にもなれば、老化に伴って全体的に体が緩んできますよね。ところが、豊胸したバストはハリを失わない。このままいくと、ものすごく不自然な状態になると思うんです。どこかの段階で豊胸バッグを除去しなければいけないのかなと考えると面倒で……。それでも、後悔はまったくしていません」
加藤さんが望んでいたのは豊かなバストではなく、女性として生きるうえでのモチベーションだったのだろう。整形によって生きる力を与えられる人もいるのだ。