「いつの頃からか、上り坂から平坦な道へ移行するタイミングを見計らって、73歳のいまは、欲や損得にこだわることもありません。」(撮影:本社写真部)
独特のハスキーボイスと心揺さぶる歌唱力で人々を魅了する森進一さん。数々のヒット曲を持ち、昭和・平成・令和を股にかけて活躍してきた功績が高く評価され、デビュー56年目にあたる2021年、春の叙勲において旭日小綬章を受章した。その激動の半生を振り返ると――(構成=丸山あかね 撮影=本社写真部)

賞とか紅白出場とか、意識するほうではない

この春、はからずも受章の栄に浴し、身に余る光栄と感激しました。ひとえに応援してくださる皆様のおかげと心から感謝しています。

もともと僕自身は、あまり賞とか『NHK紅白歌合戦』に出場とか、そういったことを意識するほうではないんです。ステータスにこだわり始めたらキリがないし、欲に翻弄されると心が疲弊してしまうし……。余計なことを考えずに淡々と仕事をこなすほうがいい、と若い頃から考えていました。

もちろん一時はもっともっとと高みを目指していたこともあります。歌がヒットすれば嬉しいし、周囲の期待に応えたいと夢も見た。芸能界で生きていくことに限らず、人が充実した人生を生きるうえで、夢を持って「こうなりたい」とビジョンを描くこと、そして夢に向かってエネルギッシュに邁進することは大切な経験だと思います。

でも、やがて野心の季節は過ぎ去り、僕は「こうはなりたくない」と考えるようになりました。それを一言で言えば、「無様な姿は晒したくない」ということ。人からどう見えるかではなく、たとえば声が出ていないといったことがあれば自分が一番よくわかるから、意地を張らないようにする。そこで無理をすれば、自分がつらい。

それでいつの頃からか、上り坂から平坦な道へ移行するタイミングを見計らって、73歳のいまは、欲や損得にこだわることもありません。「年だから」と諦めたわけではなく、「何にでも終わりはある」「世代交代は世の常」と自分の心を納めたという感じでしょうか。

それにしても人生というのは不思議なものですね。自分の意思とは無関係に流れていく。いまでも僕は、ステージに立っている時にふと、「これは現実だろうか?」と感じます。「どんな運命の流れで、スポットライトを浴びながら大勢の人の前で歌を歌っているのだろうか?」と……。