白石一文さん(撮影:浅野剛)
直木賞受賞作家、白石一文さん。その新刊『我が産声を聞きに』(講談社)では、コロナやがんなどを前に、死を意識したことで決断に迫られる夫婦の実像を描きました。人生100年時代になった今、親としての役割も終わった夫婦が一生を添い遂げるのは、実は難しいと白石さんは言いますが――(構成=古川美穂 撮影=浅野剛)

コロナ禍という特殊な状況で見え始めたもの

新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年、作家として「コロナで変わりゆく人生を書きたい」という思いを持ち続けていました。天災や事件など、社会全体を揺るがすような大きな出来事が起きたとき、それを書き残す義務のようなものを感じるんです。

東日本大震災後に『幻影の星』と『火口のふたり』の二作を書きましたが、コロナ禍を描くものとしては、本作が最初です。

物語は20年、秋の日から始まります。英語講師をしている47歳の名香子は、夫の良治から肺がんになったことを打ち明けられます。同時に良治は「好きな人ができたのでその人と治療をする」と一方的に告げ、相手の女性のもとへ去る。

名香子は若いころに自然気胸を患い、良治はがんに罹患している。ともにコロナに感染すれば重症化や死亡のリスクを抱えています。長年一緒にいた夫婦でも、コロナ禍という特殊な状況に置かれることで、これまで見えなかった互いの実像が見えてくる。