人間関係の耐用年数は尽きることもある

私はこれまでも、主人公やその大切な人ががんを患う設定を意識的に選んで書いてきました。死が日常から遠くなった現代にあって、それを意識させる象徴的なものが、がんだからです。主人公たちは否応なく自身の人生を振り返り、新しい決断を迫られます。

白石一文『我が産声を聞きに』講談社 1815円

設定が決まって書き始めると、自然に物語が動いていきます。夫に突然去られても、名香子は追わないし電話もかけない。夫は「いつでも会いに来ていい」とも言うのですが、彼女はなかなか行動しない。すでに夫婦関係は薄く、感情が激しく動くこともなくなっているんですね。でも、「冷たい」というのとは違う。経済面で不安がなく、親としての役割も終わった夫婦にはよくある状態だと思います。

人生100年が当たり前になりつつある今、夫婦が一生を添い遂げるのは、実は難しいのではないでしょうか。どんな人間関係でも「耐用年数」があり、長く夫婦をやっているとそれが尽きてしまう。そこに耐用年数が残っている異性が現れたら、目が向くのはありえること。同窓会で同級生にときめいたとか、心当たりがないですか?

人間同士の関係って、いくら長く付き合っていても予想した通りにはならないし、コントロールできるものでもない。だからこそ難しくて、面白いんですが。物語が進むにつれて、名香子が選択する行動に少しずつ変化が現れます。ラストで彼女がどのような境地に至るのか、見届けていただければ幸いです。