温かい手の感触がありありと

最初は特に疑問にも思わなかったが、次第に何か大事なことを忘れているような気がした。お腹を撫でる祖母は、私が最後に見た姿よりもはるかに若い感じだ。この姿はどこかで見たことがあると思った時、はっとして目が覚めた。

「遺影の姿だ」

視界に飛び込んできた天井は真っ暗で、カーテンに街灯の明かりがぼんやりと映り込む。時間は夕方どころかもうすでに夜。

たしかこの前日が逮夜上げ(四十九日法要の前日)だったはず。私は荼毘に付すまで見ていたので、生きている祖母が来られるわけもない。不思議とか怖いとか、ただの夢だとか、そう思う間もなく不意に涙が出てきて止まらなくなった。定められた四十九日が終わり、旅立つ準備ができたので、彼岸へ行く前に私のところに寄ったのだと思えた。

この時、不思議なことに、玄関のカギとチェーンは外れていて、廊下は電気がつけっぱなし。出した覚えがないカップとティーバッグがテーブルの上に置いてあり、お腹には誰かに触られた感触がありありと残っていた。

かさかさとして硬く、それでいて温かい感触の小さな手。死人は夢と現の間でないと生者に触れられないという。祖母は実際そこに来ていて、私はその相手をしていたのかもしれない。

その約5ヵ月後、私は出産。3800g、大きく元気な声で泣く女の子だ。この時も不思議なことがあった。

分娩自体は軽くて5時間ほど、初産で大きな子どものわりには非常に安産だった。分娩後の処置や経過観察で病室に戻れたのは深夜2時頃だったと思う。

疲れてそのまま眠ってしまったのだが、眠りに落ちる前にベッド脇に誰かが立っていることに気がついた。その人は私の腰をさすったり、頭を撫でたりしてきた。寝る前に助産師さんのケアがあるのかと思い、されるがままになっていたが、途切れそうになる意識の中で「よう頑張った、よう頑張った」と聞こえた声は、祖母のものだった……。

祖母があの時言ったように、娘は元気で丈夫な子だ。後にぜんそくがあることがわかり、非常に強いアレルギー体質で注意が必要と指摘されたこともあるが、私の心配をよそに症状などまったく出ないまますくすくと育ち、24歳になったいま、花粉症に悩まされる程度。そして賢い子という点では、現在美術関係の大学院に在籍し、研究者の一人として活動している。

 


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